月: 2012年1月

No.21 1月21日 日中ビジネスに成功した先駆者(加筆文体変更) 明治の実業家達

No.21 1月21日 日中ビジネスに成功した先駆者(加筆文体変更)

岸田 吟香(きしだ ぎんこう)という人物を知っていますか? 開港、そして「はじめて物語」では欠かせない横浜ゆかりの人物です。 1880年(明治13年)のこの日、 岸田 吟香は日中間の薬事業拡大のため横浜港から東京丸で中国上海に向かいます。 その後1890年代まで、毎年のように上海に出向き、 日中間の…
No.20 1月20日 鶴見線「73型電車サヨナラ運転」 JR鶴見線

No.20 1月20日 鶴見線「73型電車サヨナラ運転」

「オタク」最近では「熱中人」という名の不思議な人たちがいます。私もその一人かもしれません。興味外の者にとって「そこが好き、夢中になる」理由が全く分からなりません。 1980年(昭和55年)の今日 鶴見線「73型電車サヨナラ運転」があり別れを惜しむ多くの「鉄男君」に見送られました。鶴見線自体もかなりマ…
No.19 1月19日(木) 五島慶太の夢 東急電鉄

No.19 1月19日(木) 五島慶太の夢

1953年(昭和28年)のこの日、 東急電鉄会長、五島慶太は大山街道沿いの地主58名を招き「城西南地区開発趣意書」を自ら発表した。 五島慶太(1882年(明治15年)〜1959年(昭和34年))が語った「城西南地区開発趣意書」は今読んでも新鮮な中々の名文である。 トップセールス、プレゼンテーションド…
No.18 1月18日(水) 三度あることは四度ある 記憶に残るスポット

No.18 1月18日(水) 三度あることは四度ある

幕末から明治にかけて横浜は東京と肩を並べる芝居の中心地だった。横浜には大小合わせて20以上の劇場があった。大正4年1915年のこの日、横浜で最も歴史のある劇場「羽衣座」が四度目の焼失を受け再建を断念、半世紀の歴史に幕を降ろした。 羽衣座は、文久元年に創業された下田座と佐野松が合併されて羽衣町、厳島神…
No17 1月17日(火) 本日芥川賞発表 横浜に因んだ人たち

No17 1月17日(火) 本日芥川賞発表

(速報)芥川賞、円城塔『道化師の蝶』と田中慎弥『共喰い』の2作が受賞 (17日朝)本日、第146回芥川龍之介文学賞が発表される。前回は該当者無しだった。過去に横浜出身の芥川賞受賞者はざっと調べた所では6名いた。最初は第9回受賞の保土ケ谷出身、半田義之の「鶏騒動」である。 第84回尾辻克彦(赤瀬川原平…
No.16 1月16日(月) 指路教会建つ 横浜に因んだ人たち

No.16 1月16日(月) 指路教会建つ

開港をキッカケに多くの宣教師が来日しました。 そして教会、学校を軸に布教活動を拡げ多くの文化を伝えました。 特に横浜は開港の地であったこともあり歴史ある教会も多い。 1892年(明治25年)のこの日、指路教会の大会堂が現在の尾上町6丁目85番地に新築されました。        (写真は大正15年に建…
No.15 1月15日(日) マリンタワー開業 記憶に残るスポット

No.15 1月15日(日) マリンタワー開業

マリンタワー誕生日おめでとう。 横浜開港100周年記念事業の一環として昭和33年(1958年)に計画され昭和36年(1961年)のこの日マリンタワーが開業した。高さ106m、12,000トン、タワー最上部は灯台機能が設置され、地上高世界一の灯台としてギネスブックに認定された。 経営不振のため2006…
No14 1月14日(土) ハマボール閉鎖 記憶に残るスポット

No14 1月14日(土) ハマボール閉鎖

昭和45年(1970年)開業以来約40年間市民に愛されてきたハマボウルは、2007年のこの日建て直しのため閉鎖された。そして新規事業として「HAMABOWL EAS」が立ち上がるが、残念なことに311で壊滅的打撃を受け再開のめどが立たず昨年(2011年)4月11日にボウリング部門が閉鎖された。ここで…
No13 1月13日(金) 幕府新規事業に求人広告 明治の実業家達

No13 1月13日(金) 幕府新規事業に求人広告

安政6年正月13日 己未 甲申 先勝(1859年2月15日)のこの日、幕府開港決定にともない地域限定の自由貿易により出稼ぎの奨励がある。 「同月、神奈川(2月に横浜に変更)・長崎・箱館三港、近々開港、出稼ぎ・移住者の勝手商売を許可、希望者は港役人に紹介する。」 横浜は開港とともに幕末の経済特区になっ…
No12 1月12日(木) 磯子偕楽園 【資料編】

No12 1月12日(木) 磯子偕楽園

明治大正期の記録には今は無い集会場(会堂、料亭、芝居小屋等)の名が多く出てきます。 残念ながら関東大震災以後、横浜の集会場は激減しました。 磯子駅前に「偕楽園」という料亭がありました。ここで1913年(大正2年)のこの日、金子新太郎らが開催する社会主義運動を志す同士の新年会に荒畑寒村、大杉栄らが合流…