月: 2012年3月

No.72 3月12日 シルクセンター完成式典挙行 記憶に残るスポット

No.72 3月12日 シルクセンター完成式典挙行

戦後横浜は、 戦災(横浜大空襲)と米軍接収により都市機能が疲弊していました。 折しも開港100周年(1959年)のタイミングに、復興のシンボルとして「生糸貿易の振興」のために神奈川県と横浜市は共同でシルクセンターの設立を提唱しました。 そして官民協力のもと1959年(昭和34年)のこの日、完成し記念…
【番外編】資料探しの難しさ(一部加筆) 【資料編】

【番外編】資料探しの難しさ(一部加筆)

(ネット時代の情報検索) インターネットによる情報探しにはかなり慎重さが必要になる。 便利な反面、意外な落とし穴が待っている。 まず、Wikipediaには幾つか注意しなければならない点がある。例えば数値が必ずしも合っているとは限らない。 過去に年月日表記の間違いを幾つか発見している。 次に、あるテ…
No.71 3月11日 内村鑑三と関東学院 横浜に因んだ人たち

No.71 3月11日 内村鑑三と関東学院

まず 311に際し亡くなられた方のご冥福と被災された方々へのお見舞いを改めて申し上げます。私たちには立ち上がる力があります。 しぶとくずぶとく再生のために生きましょう。 今日の暦は、1921年(大正10年)のこの日、宗教家であり思想家、社会運動家であった内村鑑三が、横浜を訪れたエピソードを紹介します…
No.70 3月10日 310 記憶に残るスポット

No.70 3月10日 310

本日は何も申し上げません。横浜三塔物語の日です。 詳しくは関連サイトをご覧ください。 Wiki みなとみらい線 冬でないと三塔見ることができないかも? ◎簡単に三塔の紹介 神奈川県庁本庁舎「キングの塔」 昭和初期に流行した帝冠様式 外壁のスクラッチタイル貼りと中央の高塔が特徴的 設計者 小尾嘉郎、神…
No.69 3月9日 事業失敗鐵道、横浜線物語 明治の実業家達

No.69 3月9日 事業失敗鐵道、横浜線物語

東神奈川から八王子まで走るJR横浜線(全長42.6km)は鉄道の中でも超黒字路線の一つです。ところが横浜線はかなり長い間赤字路線でした。この横浜線、神奈川を南北にシルクロードを走り抜ける産業鉄道として1904年(明治37年)のこの日、横浜線の前身となる「横濱鐵道(株)」が設立されました。 横浜線(東…
No.68 3月8日 禁酒の勧めに横浜バンド活躍 歴史を変えた人物

No.68 3月8日 禁酒の勧めに横浜バンド活躍

私、禁煙しましたが今だ禁酒にはほど遠い日常生活です。 痛飲で後悔しきり、禁酒にまで心が動きません。 そんな立場で紹介するのも何ですが、日本の禁酒運動は明治時代、横浜から始まりました。 日本の禁酒運動の強い後押しとなったのが三人のアメリカ人女性の来日でした。 Mary Greenleaf Clemen…
No.67 3月7日 教育会館にて夜露死苦! 横浜に因んだ人たち

No.67 3月7日 教育会館にて夜露死苦!

横浜の歌といったら何を思い出すでしょうか。 市民の投票数なら「横浜市歌」が一番かも知れません。 戦後に限定すれば岡晴夫から始まり、最近はクレケンまでその数は1,000曲を超えでしょう。(正確ではありません) 数々あるヨコハマを歌ったミュージシャンの中で、横浜をブループ名に使い日本を制覇したのが唯一「…
No.66 3月6日 ラーメンがなくなる日 横浜の企業群

No.66 3月6日 ラーメンがなくなる日

ラーメンは一世紀の時間を経て日本食になりました。大正時代に全国各地に広がり始めた「支那そば」「中華そば」は戦後になって、一気に華開きます。全国津々浦々、1ジャンルでこれほどに多様性のある食が現在も成長しているのは「ラーメン」だけではないでしょうか。 1994年(平成6年)のこの日、新横浜ラーメン博物…
No.65 3月5日 サルビアホール一周年(改訂) 【資料編】

No.65 3月5日 サルビアホール一周年(改訂)

鶴見区民の花サルビア(平成3年11月15日制定)から付けられた区民文化センター「サルビアホール」が2011年(平成23年)の今日、オープンしました。 イメージ図(鶴見区役所) 鶴見区民文化センター「サルビアホール」はHPによれば「鶴見区をひとつの「国際社会」と見立て、区民の交流を目標とした、「Int…
No.64 3月4日 日本初の外国元首横浜に 横浜に因んだ人たち

No.64 3月4日 日本初の外国元首横浜に

1881年(明治14年)3月4日。 世界一周の途中、ハワイ王国最後の国王、カラカウアが横浜港にやって来ました。 上陸の際、カラカウア王自身作詞のハワイ王国国歌(現在のハワイ州歌)「ハワイ・ポノイ」を日本の楽団が演奏し、彼を国賓として歓迎しました。 カラカウア王はいたく感激し、それからハワイと日本の交…