月: 2012年5月

No.133 5月12日 餌の勝ち!(加筆修正) 【資料編】

No.133 5月12日 餌の勝ち!(加筆修正)

喰う者と喰われるもの。 自然界の食物連鎖が崩れると、生態系が壊れてしまいます。 とはいえ生態系の重要性が認識された歴史はごくごく最近のことです。 1927年(昭和2年)の今日、アメリカザリガニが “餌として” 横浜に初上陸しました。 Wikipediaより引用 1927年(昭和2年)5月12日横浜に…
No.132 5月11日 熱く燃えて半世紀 記憶に残るスポット

No.132 5月11日 熱く燃えて半世紀

“ハマのブンタイ”と聞くと胸が高鳴る方いませんか? 横浜文化体育館、略して文体(ブンタイ)は 1960年(昭和35年)4月に着工し、 1962年(昭和37年)5月11日の今日落成しました。 長くハマのブンタイ(横浜文化体育館)は、前半コンサートが主力、中期はプロレスの殿堂としてプロレスの歴史を刻んで…
No.131 5月10日 クラベウマ外交の時代(後編) 横浜に因んだ人たち

No.131 5月10日 クラベウマ外交の時代(後編)

明治天皇は在位中、東京都内以外への行幸は約100回を数えました。 その半数が陸海軍の演習観閲や軍の学校や施設訪問などの軍事関連のものでしたが、明治14年から32年までの18年間で13回にわたって横浜競馬場への行幸が行われました。 1881年(明治14年)の今日5月10日は初の横浜競馬場への行幸が行わ…
No.130 5月9日 クラベウマ外交の時代(前編) 横浜はじめて物語

No.130 5月9日 クラベウマ外交の時代(前編)

横浜市中区根岸台に広がる根岸森林公園がかつて競馬場であったことは有名です。 幕末1866年に欧米列強の要求で完成した日本初の競馬場です。 この横浜競馬場(根岸競馬場)が明治初期、重要な外交の舞台であったことはあまり記されていません。 今日と明日二回に分けて 明治横浜競馬場物語を紹介します。 明治天皇…
No.129 5月8日 ヒット曲の公園 横浜の近代建築

No.129 5月8日 ヒット曲の公園

「開港の道」山下臨港線プロムナードの終着地点となっている「港の見える丘公園」は 1962年(昭和37年)5月8日(火)に開園しました。        港の見える丘公園テラス 「港の見える丘公園」は市内の人気公園の中でも比較的新しく整備されたものです。 観光公園…
No.128 5月7日 今じゃあり得ぬ組長業!? 横浜の人々

No.128 5月7日 今じゃあり得ぬ組長業!?

1925年(大正14年)の今日横浜市長に就任した 有吉 忠一の戦後では考えられない業績について紹介します。 時々誤用として使われるのが、市町村長や知事を「組長(くみちょう)」と言うことです。選挙を「くみちょうせんきょ」なんて言う人もいますが、正しくは「首長(くびちょう)」の聞き間違いから派生したもの…
No.127 5月6日 あるガーナ人を日本に誘った横浜の発明王(加筆修正) 明治の実業家達

No.127 5月6日 あるガーナ人を日本に誘った横浜の発明王(加筆修正)

今日はゴムの日です。 多くの記念日制定の中で(最悪の)語呂合わせ日の一つです。  (関係者の方お許しください) ゴムには、天然ゴムと合成ゴムがあります。 ゴム消費量の7〜8割を占める自動車タイヤは両方を各社組み合わせて特色を出していきます。 今日は、アフリカ(ガーナ)と横浜を繋ぐエピソードを紹介しま…
No.126 5月5日 私がこどもの国を選んだ訳 横浜事件簿

No.126 5月5日 私がこどもの国を選んだ訳

今日はこどもの日です。 1965年(昭和40年)の今日、横浜市青葉区奈良町にある「こどもの国」が開園しました。 広さ約100万平方m(約3万坪)の日本最大級の児童厚生施設です。 東日本大震災に遡ること16年前、阪神淡路大震災が1995年に起りました。 この大震災の翌年、1996年(平成8年)8月24…
No.125 5月4日 事業仕分けが始まる前に 横浜界隈・境界

No.125 5月4日 事業仕分けが始まる前に

一連の事業仕分けで注目を浴び、純国産小惑星探査機「はやぶさ」の成功で復権した日本の宇宙開発ですが、昨今「理科離れ」というキーワードが叫ばれています。 教育に「文科」「理科」の区別は無いと思いますが、宇宙への理解を深めるために1984年(昭和59年)5月4日に「横浜こども科学館」の開館式典が行われ翌日…