月: 2012年6月

No.164 6月12日(火) JR JR 横浜に因んだ人たち

No.164 6月12日(火) JR JR

昨日のJ・R・ブラックには今日につながる話しがあります。 1872年6月12日(水)(旧暦明治5年5月7日)かねてよりの突貫工事で進めていた品川・横浜間の鉄道が仮開業しました。 日本の新聞黎明期に活躍したJ・R・ブラック No.163 6月11日(月) 反骨のスコッツ親子 彼は、新聞だけではなくビジ…
No.163 6月11日(月) 反骨のスコッツ親子 幕末明治の横浜

No.163 6月11日(月) 反骨のスコッツ親子

今日は横浜に因んだスコットランド人のお話をしましょう。 山手の横浜外国人墓地に親子で眠るスコットランド人の墓があります。 ファミリー名はブラック。 父のジョン・レディ・ブラック(John Reddie Black)は1880年(明治13年)6月11日(金)の今日、横浜海岸通18番地で急死し横浜外国人…
【番外編】 ドイツ横浜 番外編

【番外編】 ドイツ横浜

横浜とドイツの深い関係リンク集を作ってみました。 ■本格的なドイツパンといえば! 横浜 天然酵母パン パン工房むぎや (MUGIYA) http://www.mugiya.com/ ※ドイツパンというより Yokohama パン! アムフルス(Am Fluss) 東横線綱島駅の西口から徒歩4分 (味…
No.162 6月10日(日)日本よさようならである。 横浜に因んだ人たち

No.162 6月10日(日)日本よさようならである。

外国関係エピソードシリーズ最終回は「ドイツ」です。 27歳の若き医師が1867年(慶應3年)6月横浜港に降り立ちました。 そして約40年暮らした「日本」を後にしたのが1905年(明治38年)の今日6月10日(土)です。 同じ横浜港から母国への失意の旅発ちでした。 働き盛りの30年に及ぶ時間を遠き異国…
【番外編】偽作三昧 番外編

【番外編】偽作三昧

福沢関連データを調べていたら偽作の横行を知りましたので紹介しておきます。「福澤心訓」なる額装販売がいまだビジネスになっています。「福澤心訓」は福澤諭吉が作成したとされていますが全くの偽作です。「福沢心訓」、「福沢諭吉翁心訓」、「福沢心訓七則」、「諭吉心訓」、「心訓」、「七則」などとも呼ばれビジネスに…
No.161 6月9日(土)  日本、ロシアに勝利! 記憶に残るスポット

No.161 6月9日(土)  日本、ロシアに勝利!

21世紀、日露の戦いが横浜で!といえば 2002年(平成14年)6月9日(火)の今日行われた、 日韓共催FIFAワールドカップ予選第二戦の対ロシアです。 会場は横浜国際競技場(現日産スタジアム)1対0で日本が初勝利した試合です。 スタジアムパンフより ロシア国旗 (横浜で日本初勝利) ワールドカップ…
No.160 6月8日(金) 親王殿下のニッポン 横浜に因んだ人たち

No.160 6月8日(金) 親王殿下のニッポン

今日は日希関係です。 むりやり関係ネタを探している訳ではありません。 たまたまです。(でもちょっとうれしい) かつて世界各国の要人が来日した横浜港。 まさに国際港ですね。 船の入港で世界情勢の変化もいち早く分かることができたので新聞社も横浜港に通信員を配置していました。 1891年(明治24年)6月…
【番外編】土耳其国軍艦エルトゲロル号(またまた余談の余談) 【資料編】

【番外編】土耳其国軍艦エルトゲロル号(またまた余談の余談)

6月7日紹介の「横浜通信員報じて曰く土耳其国軍艦エルトゲロル号は特命太子オスマンパシャを乗せて今朝九時横浜に入港したり」(毎日新聞)の記事の片隅に気になる記事がありましたので追っかけました。 「東京銀座三丁目の十字屋及び横濱元町同支店にて販売する紙腔琴を今般内国博覧会第五本部へ出品したるに〜」 「紙…
No.159 6月7日(木) 強い日土友好の原点 明治の実業家達

No.159 6月7日(木) 強い日土友好の原点

昨日は日英友好でした。 今日は日土友好の“さわり”だけ紹介しましょう。 (話せばながーーーいので) 1890年(明治23年)6月7日(土)の今日午前九時、オスマン帝国(トルコ)の使節団が一隻の軍艦で横浜港に入港、彼らは約3ヶ月港内に停泊し、9月に母国に向けて出港しました。強い日土友好のキッカケとなっ…
No.158 6月6日(水) 休暇をとって日本支援! 横浜に因んだ人たち

No.158 6月6日(水) 休暇をとって日本支援!

サー・ラザフォード・オールコック(Sir Rutherford Alcock) 彼の名は歴史教科書で少し学ぶ程度でしょうか。 オールコックは初代イギリス駐日総領事(後に公使)となりその後の日英関係に重要な役割を担った人物です。 1862年(文久二年五月九日)6月6日(金)の今日、文久遣欧使節団と英国…