5月 27

【番外編】無害無用の自慢話

(だから何!)
特に役に立たない自慢話シリーズベスト5
1.横浜市内の鉄道路線に乗車し、全駅に降りた。(ルール:改札を出ること)
2.横浜市内18区全ての区役所に行ったことがある。
(全区の区長室に入ったことがある)
3.わが家の新聞折り込みに入った「マンション販売」のチラシを10年分持っている(600枚位)最近は時々チェック。とっても減りました。
4.無料で配布しているマップを集めていた(主に1990年代)。
現在も1,000枚くらい保管してある。無料であることが重要!
5.横浜市東西南北端に行きました。
※ただし一般人が通行できる範囲内で。railmapyokohama5
【横浜全線各駅停車の旅】
今日は、ベスト5から各駅停車の旅を
この全駅乗降にトライアルしたのが1988年頃でした。当時で数駅残す程度まで走破(乗破)?しましたが、仕事の関係や、関心が薄れたこともあり2000年に入って一時期忘れていました。再開のきっかけが市営地下鉄グリーンラインの開通です。新線開通で一気に再燃し、追加駅も乗降し2007年に達成しました。
★悔やむのが一部しか写真を撮っていないこことですかね。 

(その中で役に立たないネタ)
■市境だから何!
川崎を南北に走る「南武線」、唯一横浜市に所在地があるのが「矢向駅」です。南武線矢向駅は横浜市鶴見区矢向矢向6丁目にあります。

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(昔は駅舎に住所表記のプレートが着いていたのですが今はありません。)
駅前に大きな「くすのき」が残っています。そういえば、大口駅前にもシュロか何かの木がありました。ローカル駅の象徴ですね。

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陣取り合戦風にいえば、川崎市は矢向町欲しかっただろうな。
日吉でも負けてるし。

3月31日 自治体国取り合戦勃発

きわどいのが同じ南武線の「尻手駅」で、駅構内の一部が横浜市鶴見区です。でも駅長室で決めるのかな。昔ながらの駅名看板には川崎市と明記されています。この看板も希少価値ですね。

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「尻手駅」同様、かすっているのが「大船駅」で、ホーム途中に市境があります。大船駅北口改札は横浜市栄区になります。

(区境だから何!)
区の境にまつわるエピソードは、これまたいろいろあるので別表題を立ててご紹介します。
駅前区境に関して一つだけ紹介します。
京浜急行「日ノ出町駅」は?
中区と南区にまたがっています。しかもホームは道路の上に橋上駅として設置されています。

(穴場編)
簡単に降りることのできない駅は鶴見線「海芝浦」です。駅が東芝の工場内にあるので、社員証が無いと改札を出ることができません。「海芝浦」は終着駅で、東芝に用のない乗客は折り返すことになります。
待ち時間に海辺の公園でくつろぐことができます。(冬の夕暮れは絶景ですよ)

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神奈川県境を一周のすばらしい記録があります。(もちろん私ではありません)
エラい!!
http://www.geocities.jp/kk810558/raund0.html

■橋上駅
川の上にある駅がJR根岸線「石川町」中村川の上に駅舎があります。
川の上の駅舎、維持管理が結構大変らしいです。
道路の上の駅舎は多くあります。特筆しておきたいのが「国道駅」ですね。国道の上に(正確には横)あるのでそのまま命名された 駅マニア垂涎の一駅です。

■駅の多い区
市内で駅の多い区ベスト3
金沢区(18)
港北区(16)
神奈川区(14)
私鉄路線区間の長い区は駅が多いですね。
※改札でカウントしました。同じ横浜駅でも乗換時改札が必要な場合カウントしました。

(余談)
■感覚的には
駅間が超!短いのは?????
たぶん 横浜駅と平沼橋駅の間ではないでしょうか。
正式には0.9kmとなっていますが、感覚的には500m程度です。
特に横浜駅から乗ると走るより坂をちょっと下ったって感じです。
5月 27

No.148 5月27日 決裂前夜のこけら落とし

1945年(昭和20年)終戦とともに始まったGHQによる接収は、横浜経済の心臓部の殆どに及びました。
一方で、1946年(昭和21年)から戦後の新しい市民施設整備も急ピッチで進みます。
1949年(昭和24年)の今日、
5月27日保土ケ谷区に「神奈川県立保土ヶ谷公園硬式野球場」が完成し“こけら落とし”に「巨人対東急フライヤーズ」戦のプロ野球公式戦が行われました。

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神奈川新聞スタジアム 正面ゲート

■保土ケ谷球場でプロ野球
「神奈川県立保土ヶ谷公園硬式野球場」は現在、「保土ケ谷・神奈川新聞スタジアム」とネーミングライツされています。
保土ケ谷球場といえば、現在神奈川県高校野球の聖地ですが過去にプロ野球も何試合か行われました。
1950年(昭和25年)と1951年(昭和26年)に計6試合の公式戦が開催された記録が残されています。
1951年(昭和26年)に行われた「国鉄スワローズ対大阪タイガース戦」を最後に開催されていません。(Wiki)
アクセスが不便であることと、定員が14,817人とプロ野球興行規模としては手狭だったこともあったのでしょう。(現在では3万人収容が基本)
それにしても、
「巨人対東急フライヤーズ」戦とは 中々ビッグなカードが行われました。
この試合が行われた1949年(昭和24年)は、プロ野球にとっても歴史に残る年です。
この年の暮れ、プロ野球再編問題が起ります。
1939年(昭和24年)に結成された日本野球連盟がセパ両リーグに分裂します。

プロ野球再編問題 (1949年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/プロ野球再編問題_(1949年)

この資料を読むと、歴史は繰り返す!とはよくぞ言ったものです。
2005年度からようやく「 日本生命セ・パ交流戦」が行われるようになりますが、このセパの仲の悪さは半世紀も続いた“遺恨関係”にあったようです。

(プロ野球も場外乱闘?)
読売新聞社と私鉄系(特に東急)との喧嘩?
当時からのセパ陣営をみるといろいろ変わりましたね。
正確ではありませんがざくっと変遷史を紹介します。
セントラル野球連盟
 ○読売ジャイアンツ
 ○広島カープ
 ○大阪タイガース(阪神タイガース)
 ○セリーグに分裂後初優勝した松竹ロビンズ
 (大洋松竹ロビンス→大洋ホエールズ
 ○名古屋ドラゴンズ(中日ドラゴンズ)
 ○国鉄スワローズ(ヤクルトスワローズ)
 ○まるは球団
(大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズ→横浜DeNAベイスターズ)
太平洋野球連盟
 ●西日本パイレーツ
 (西鉄クリッパーズ→西鉄ライオンズ→埼玉西武ライオンズ)
 ●近鉄パールズ
 (近鉄バファローズ→消滅→オリックス・バファローズ)
 ●阪急ブレーブス(オリックスブレーブス→消滅→オリックス・バファローズ)
 ●大映スターズ(大映ユニオンズ→消滅→ロッテマリーンズ)
 ●毎日オリオンズ(千葉ロッテマリーンズ)
 ●南海ホークス(福岡ソフトバンクホークス)
 ●東急フライヤーズ(北海道日本ハムファイターズ)
※人気のセントラル、実力のパシフィックなんていわれた時代もありました。
 ■2004年(平成16年)東北楽天ゴールデンイーグルス新規登場

(余談)
1948年(昭和23年)8月17日にプロ野球初のナイトゲームが、横浜公園平和野球場(当時接収中でルー・ゲーリッグスタジアム)で開催されました。
カードは「読売ジャイアンツ対中日ドラゴンズ」で結果は3対2で中日ドラゴンズの勝利に終わりました。

(県立保土ケ谷公園)
「神奈川県立保土ヶ谷公園硬式野球場」のある「県立保土ケ谷公園」についてご紹介しましょう。

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■「県立保土ケ谷公園」概要
所在地:横浜市保土ケ谷区花見台・明神台・仏向町地内にまたがっています。
面積:34.7ha (東京ドーム約7個分と表記されています)
※いつも思うのですが“東京ドーム”何個?といってもぴんとこないんですがね。
駐車場:最大808台(普通791台・大型10台・身障者用7台)
まず硬式野球場が完成しその後サッカー場、ラグビー場、体育館、テニスコート、運動広場、プールが整備され神奈川県で初めての総合運動公園として1957年(昭和32年)に完成しました。
サッカー場は2002年のワールドカップサッカーの際、サブグランドとして整備され国際基準の芝となり、ドイツチームが練習に利用し注目を集めました。

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神奈フィルの拠点となっている「かながわアートホール」も音楽や演劇活動の拠点となっています。

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かながわアートホール 公演が無ければ見学できます

散策、ジョギングコースとしても良質な環境を提供しています。
四季の花が咲き乱れ、特に桜と梅は 観桜観梅で人が溢れるくらいです。

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ジョギングコースとして人気があります

「神奈川フィルハーモニー管弦楽団」
http://www.kanaphil.com/
「かながわアートホール」
http://www.kanagawa-arthall.com/

(関連ブログ)
No.95 4月4日 横浜DeNAベイスターズの本拠地「ハマスタ」開幕

No.139 5月18日 マッカーサーに嫌われた男

(横浜接収初期の簡単史)

昭和20年8月15日 終戦
 8月30日 マッカーサー厚木飛行場到着、横浜進駐
 9月2日 降伏文書調印(本牧沖)、米第8軍が横浜上陸
 10月24日 国際連合成立
昭和22年10月16日 上瀬谷基地 接収解除(昭和26年再接収)
昭和25年6月25日 朝鮮戦争勃発
 10月21日 横浜国際港都建設法公布・施行
昭和26年8月2日 横浜市復興建設会議結成
 9月8日 対日平和条約・旧日米安全保障条約調印
昭和27年2月15日 大桟橋接収解除
 2月28日 行政協定調印
 3月1日 横浜港内水面接収解除
 4月8日 横浜公園(一部)接収解除
 4月28日 平和条約・旧安保条約・行政協定発効
 7月26日 日米施設区域協定調印
昭和28年7月27日 朝鮮戦争休戦協定調印
 12月5日 在日兵站司令部(JLC)(横浜税関)返還
昭和29年7月1日 防衛庁設置、自衛隊発足
昭和31年12月18日 国際連合加盟
昭和32年6月21日 岸・アイゼンハワー共同声明
 8月1日 米国防総省が在日米軍地上戦闘部隊撤退を発表