歴史を変えた人物

【ミニミニ観光横浜】掃部山そうぶやま 横浜絵葉書

【ミニミニ観光横浜】掃部山そうぶやま

今日は掃部山の話です。 掃部山は(かもんやま)と読みます。初めて出会う方には難読地名の一つです。 まず読めません。どう読んでもそうぶやまですよね。 ここは明治期に鉄道省の土地で、後に民間の管理を経て市の公園となりました。 桜の名所としても有名です。この掃部山の名は幕末の歴史を大きく変えた井伊掃部頭直…
第822話1877年(明治10年)6月17日モース横浜へ 横浜に因んだ人たち

第822話1877年(明治10年)6月17日モース横浜へ

1877年(明治10年)6月17日の今日 「エドワード・シルベスター・モース(38歳)東京大学で動物学を教えるため来日、サンフランシスコから横浜港に着く。明治12年8月31日、アメリカに帰国する。」 この表記は正確ではありません。<東京大学で動物学を教えるため来日>ではなく最初は研究のためでした。 …
金玉均(キム・オッキュン) 国際

金玉均(キム・オッキュン)

今日のテーマは一時期横浜に滞在した金玉均(キム・オッキュン)についてです。 1886年(明治19年)7月26日 「朝鮮の亡命志士金玉均が神奈川県で拘留された」という簡単な記事を元に数日前から資料を読んでいますが、<明治以降の朝鮮と日本>に関しては異論の多いこと。 なので 事実関係を紹介する程度に留め…
甲乙2種の記念絵葉書(アーカイブ再掲) 横浜の人々

甲乙2種の記念絵葉書(アーカイブ再掲)

1909年(明治42年)6月28日(月) 「横浜開港50年史」上下2巻ならびに甲乙2種の記念絵葉書を発行する。(横浜商工会議所百年史)」 「横浜商業会議所発行」 ※上記絵葉書は記念絵葉書の一部です。 この他 ★「開港五十年記念博覧会の開会式が挙行された(横浜歴史年表)」 ★「開港記念史料展覧会が万国…
【ミニミニ今日の横浜】3月5日 【資料編】

【ミニミニ今日の横浜】3月5日

タイムリーなネタから 1854年(嘉永7年3月5日) 「吉田松陰、海外渡航を狙って保土ケ谷宿にくる。」 数え年・25歳の時のことです。 ペリーが来航した際、一年後の再来を予告し去りますが、 半年も早くペリーは 1854年2月13日(嘉永7年1月16日) 琉球を経由して再び浦賀に来航し幕府を慌てさせま…
(第685話)明治4年、象の鼻 晴天なり。 【資料編】

(第685話)明治4年、象の鼻 晴天なり。

江戸時代に生まれ、激動の幕末に頭角を現した総勢107名の日本人が 明治4年11月12日(1871年12月23日)横浜港を就航しました。 彼ら目的は色々ありましたが、多くの同行者は欧米の実情を知ることでした。 「岩倉使節団」のメンバーです。 この国は理想と現実、欲望と信義が落ち着かないまま明治という全…
横浜の寺島 国際

横浜の寺島

前回「尾崎良三」について紹介しました。 ここに登場した寺島 宗則は、幕末維新の超優秀官僚ベスト3に入ると私は考えています。 ここでは、彼の天才ぶりに触れながら幾度となく訪れた寺島の“横濱”物語を紹介ましょう。 寺島 宗則(てらしま むねのり) あまり彼の名は激動の幕末維新史の中で、比較的地味な存在か…
【2月16日】ヨコハマグランドホテル解散 国際

【2月16日】ヨコハマグランドホテル解散

このブログは 2013年に書いたものからお気に入り、 加筆が欲しいものを「過去ネタ」としてアップしているものです。 1927年(昭和2年)2月16日、関東大震災で倒壊・焼失した「The Grand Hotel Yokohama」が再建を断念し会社を解散しました。明治から大正期に横濱の高級ホテルとして…
No.466 19世紀の「ハゲタカファンド」 【資料編】

No.466 19世紀の「ハゲタカファンド」

長い間外国との交易が制限されていた日本が、 一気に開国へと舵を切ります。 外国事情は皆無ではなく、出島等を通じてかなり幕府関係者も理解していました。 【ミニミニよこはま】No.2 突然外交特区へ 徳川時代を「鎖国」とは最近表現しなくなりました。 ところが、残念ながら経済制度の専門家が通商条約に登場す…