月: 2012年7月

No.213  7月31日 (火)金日本、銀日本 明治の実業家達

No.213 7月31日 (火)金日本、銀日本

1895年(明治28年)7月31日(水)の今日、 京都岡崎公園で終了した第4回内国勧業博覧会で 横浜の梶野仁之助が自転車製造で有功賞を受賞しました。 今日は自転車をテーマにしました。 最近自転車ブームですが、私たちが乗る自転車の構造デザイン、百年前にはほぼ完成していました。 すばらしいことです。ちょ…
No.212  7月30日 (月)ある“日本人”の学究心 横浜に因んだ人たち

No.212 7月30日 (月)ある“日本人”の学究心

1931年(昭和6年)の今日 神奈川県史跡名勝天然記念物が県内の歴史資産に対し指定されました。関東大震災からようやく復興の兆しが見え始めていましたが、一方で満州事変が起った年でもあり、国内外に時代のうねりが押し寄せている年でもありました。神奈川県史跡名勝天然記念物として指定された主な内容は、横浜市で…
No.211 7月29日 (日)株式会社横浜国際平和会議場 記憶に残るスポット

No.211 7月29日 (日)株式会社横浜国際平和会議場

1990年代、首都圏にコンベンション競争時代が到来します。 国際会議等に対応するコンベンション施設が続々完成します。 東京、千葉 そして神奈川では… 1991年(平成3年)7月29日の今日、 横浜みなとみらいに通称“パシフィコ横浜” 「会議センター」と「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」…
No.210 7月28日 (土) 小さな巨人 横浜はじめて物語

No.210 7月28日 (土) 小さな巨人

2011年(平成23年)7月28日(木)〜8月2日(火)の6日間国際的な切手の祭典「日本国際切手展PHILANIPPON2011」が横浜で初めて開催されました。 郵便趣味を略して郵趣と言います。日本国内では、かつて鉄道系と双璧の人気カテゴリーでしたが、近年電子化と郵政事業の合理化で郵趣人口は減少して…
No.209 7月27日 (金)浜で起り、浜で終結 横浜に因んだ人たち

No.209 7月27日 (金)浜で起り、浜で終結

横浜が開港の正式調印が安政6年6月2日(1859年)行われ、 外国人居留地が誕生した直後、事件は起りました。 7月27日(1859年8月25日)横浜居留地の波止場近くで“初めて”外国人が日本人に襲撃され、二人が死亡したのです。 このあたり? 開国はしましたが、日本は“安政の大獄”で一種の戒厳令による…
No.207 7月25日 (水)五島慶太の「空」(くう) 横浜に因んだ人たち

No.207 7月25日 (水)五島慶太の「空」(くう)

No.19 1月19日で紹介した五島慶太の夢の補遺版です。 1956(昭和31年)7月25日、城南地区開発マスタープランである  「多摩川西南新都市計画」が決定し発表されました。 五島慶太「私の履歴書」より 1956年(昭和31年)は東急電鉄にとっても、 五島慶太にとっても重要なターニングポイントと…
No.208 7月26日 (木)ザ・みなとの劇場 【資料編】

No.208 7月26日 (木)ザ・みなとの劇場

1874年(明治7年)7月26日(土)の今日、 住吉町1丁目9番地に完成した最新設備を誇る“港座(湊座)”劇場の杮落し公演が行われました。 煙突のある建物の隣が港座。煙突はガス会社から電気会社に、現在は東電の変電所 横浜公園の隣。現在は雑居ビルが建っています。 かつて芝居小屋は街の賑わいのシンボルで…
No.206 7月24日 (火)新港埠頭にヘンリー航海王子 横浜事件簿

No.206 7月24日 (火)新港埠頭にヘンリー航海王子

昨日に続き新港埠頭が舞台です。 日本ポルトガル修好通商条約150周を記念して、ポルトガル海軍の帆船サグレス号(1,940トン)が2010年(平成22年)7月24日(土)の今日、横浜港新港埠頭に初入港し一般公開されました。 汽船の時代ですが、海に帆船は似合います。 近年多くの帆船が横浜港を訪れています…
No.205 7月23日 (月)駅を降りたら、国際港 横浜の水辺

No.205 7月23日 (月)駅を降りたら、国際港

1872年(明治5年)に初めて横浜と品川間の鉄道が開通し2012年で140周年を迎えました。開通から半世紀のちの1920年(大正9年)7月23日の今日、 東京駅と「横浜港駅」間が開通しました。 “横浜港〜サンフランシスコ間航路”に接続するための臨港線が開通したことはあまり知られていません。 今日は現…
No.204 7月22日 (日)一生を世界一周に賭けた男 横浜に因んだ人たち

No.204 7月22日 (日)一生を世界一周に賭けた男

1872年(明治5年6月17日)7月22日(月)の今日、 高島嘉右衛門は横浜港から一人の(破天荒な)スイス人を見送りました。 その名はヤコブ・カデルリー(1827〜1874)、ちょうど46歳の誕生日にサンフランシスコ行きの太平洋郵船会社の定期航路でアメリカに向けて旅立った“外国語教師”でした。 太平…