前回、水辺に人の居る風景が描かれた“絵葉書”を紹介しました。
大分県別府市の鉄輪温泉(かんなわおんせん)は別府八湯の一つです。この写真は、鉄輪温泉の中でも老舗の旅館である「旅館富士屋」の観光絵葉書です。旅館富士屋は明治31年に新築され当時も温泉で世界から注目されていた大分県内旅館でも人気ナンバーワンとなったそうです。
大分別府温泉郷は、北九州の炭坑産業を背景に温泉リゾート地として湯治客が絶えませんでした。(温泉そのものは江戸時代以前からですが)
この一枚の絵葉書がとても気になったのは、登場人物が子供達だということです。
ここに写ってる子供達は誰だろう?
湯治客だろうか?(湯治客の家族)
それとも 地元の子供達、従業員の子供達かもしれません。
写真中央の子供達が写っている光景で、左手に比較的年齢が上の女性(娘)が三名写っていますが、彼女達は恐らく下働きの従業員のようにも見えます。
昔は子供の頃から家の仕事は手伝ったものですから ここでも従業員として“絵葉書”に登場したのでしょう。
鉄輪温泉旅館富士屋は廃業しましたが、現在国の登録有形文化財だそうです。
もう一枚、子供のいる風景です。場所は周防岩国の紅葉谷公園とキャプションにあります。三人の子供達は何をしているのでしょうか。ここが場所の名前通りに紅葉の名所なら、子供達は“紅葉”を拾っているのかもしねません。奥の東屋に大人の姿を見ることができますので、もしかしたら保護者かもしれません。前の三人の誰かの親御さんでしょうか。
こちらは、この町の一番眺めの良い場所に“集合した”悪ガキ連中でしょうか。キャプションには「城趾より那珂川を望む」とあります。子供の風景になったのは、常連の子供達をそのまま写真に収めたものなのかわかりませんが、被写体としてはかなりリラックスしていているようです。
那珂川城趾は水戸城のことでしょうか。水戸駅からほど近い小高い丘に現在は学校が建っています。昔、勿来(福島県)から東京まで約一週間かけて歩いたときに昼食をとった場所に似ていますが、正確なことは覚えていません。
子供がセミ取りでしょうか、棒をもって年下(弟・妹?)の子と一緒に遊んでいます。キャプションには「仙台名所 向山」とあります。現在のどのあたりでしょうか?お寺の境内のようです。麦わら帽子をお揃いで被った後ろ姿は微笑ましい光景です。
このごろ、子供は麦わら帽子を被りませんね。逆に若い人達が帽子を被るようになってきました。戦前の風景には“帽子”を被った人物が多くいました。戦後しばらく帽子文化がありましたが、高度成長後半位からでしょうか帽子姿が減りました。サラリーマンが被らなくなったからかもしれません。
この帽子文化は女性も明治以降 様々なスタイルの歴史を辿ります。帽子となると少し横浜の香りがしてきます。この帽子と横浜の話は次回に。