【市電ニュースの風景】1931年 №19

目下1930年代の短期間に発行していた「市電ニュース」の風景を読み解いています。light_19号1931年(昭和6年)5月
九日 横濱高工對日大野球戦(午後二時半横浜公園球場にて)
九日 春季體育大会(電車及バス市役所前下車)
=午后六時半より常磐町YMCA体育場にて 入場歓迎=
9日 日本ロータリー大会、開港記念会館で開催
十日 横濱母校聯盟野球リーグ戦(横浜公園球場にて)
=正午商友ーJ倶楽部、午后三時弘陵ー高商倶楽部=
十日 第三十回Y高のボートレース(電車山下町 バス「ニューグランド」前下車)
=午前八時より山下町公園前海上にてー荒天延期=
十日 市民慰安三曲大演奏會(電車宮元町 バス商業学校前下車)
=正午より南太田町Y校大講堂にてー入場券無料進呈=
十日より 新興美術(洋画)展覧会(桜木町中央授産所にて)
十三日 横濱高工對千葉医大野球戦(午後三時横浜公園球場にて)
十三日 『郵船』日枝丸入港(晩香坡より午前中大桟橋Cへ)

懸賞標語
「飛乗りや飛降り今日からやめませう(当選者 元川新吉君)」
※アラビア数字は同時期の出来事を追記したものです。

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■常磐町YMCA体育場
YMCAは「Young Men’s Christian Association」の略です。日本語では「キリスト教青年会」とも呼ばれています。19世紀半ば、英国だ誕生したMCAは米国経由日本に上陸し明治草創期に活動がはじまりました。
1884年(明治17年)10月18日
横浜海岸教会の青年たちを中心に横浜YMCAが誕生します。
大正時代には室内体育場が竣工し、「常磐町YMCA体育場」はこのことを指します。関東大震災で被害を受けますが、昭和2年に復旧 開館式が行われ、体育競技の中心施設となっていたようです。light_WV300281

■Y高のボートレース
横浜商業高校の端艇は有名です。時折、大岡川河口域で<端艇部>の練習風景にであうことがあります。
「横浜商業高校八十年史」によると開校当時ボートは必須だったそうで、大岡川を舞台に授業があったのかもしれません?大岡川には古い<端艇>を川に出す専用の<堰>があります。この【市電ニュース】19号でも 端艇が描かれているイラストが掲載されていることからも“名物風景”だったのではないでしょうか。light_19号挿絵light_P3160033light_P7102924

■山下町公園前海上
「山下町公園」は「山下公園」のことだろうと思います。現在は「山下町公園」というと中華街の一角、媽祖廟裏の公園を指します。

■慰安三曲
「三曲(さんきょく)」とは箏・尺八・三味線などをまとめて明治期以降に呼称されていた邦楽分野を指します。

■桜木町中央授産所
授産所=授産施設は<生活弱者のための就労支援施設>
1927年(昭和2年)横浜市が復興社会事業費より28万円を捻出して着工します。
1929年(昭和4年)「興産館」桜木町駅前授産所の場所に開館。
1929年(昭和4年)6月11日に「市中央授産所」として桜木町に設置されます。
「桜木町横浜市授産所ノ偉観」light_資料絵葉書009

■『郵船』日枝丸
1930年(昭和5年)9月、シアトル航路の初航海に向かう「日枝丸」には、高さ約4 メートル、重量約8.5トンもある巨大石灯籠(いしどうろう)が積まれていました。これは、関東大震災(1923年)で大きな被害を受けた横浜市が、米国の見舞金をはじめとするたくさんの支援へ感謝の意を込め、日米親善のシンボルとしてシアトルに贈ったもので、シアトル在住日本人会の提案が発端となったといわれています。この石灯籠は大変喜ばれ、日本人会がその数年前に寄贈した桜500本(※1)が植えられたシアトルのスワード公園入り口の最も目立つ所に設置されました。
※時期と数量に関しては諸説あるようですが、日本郵船旅の雑誌『THE TRAVEL BULLETIN』の情報を優先しました。
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=7276
■晩香坡(バンクーバー)
カナダ有数の大都市でカナダブリティッシュコロンビア州南西部にある都市です。日本郵船が明治期から太平洋航路を開設しました。
■大桟橋C
横浜港の中央部にある「大桟橋(現 大さん橋)」は1894年(明治27年)に完成し「鉄桟橋」とも呼ばれました。その後、すぐ横に数期にわたって造成・整備されたのが「新港埠頭」です。
新港埠頭にはかつて1号〜12号まで岸壁があり、大桟橋の埠頭をABCD岸壁と呼びました。
大桟橋と合わせて計16の岸壁を擁する港でした。light_新港埠頭S5 light_新港埠頭上空

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