2月 10

No.41 2月10日 不二屋伊勢佐木町店新築開店

今時、イセザキは8日開店の「カトレアブラザ」で賑わっておりますが、一時は松坂屋閉店で元気がありませんでした。このイセザキも昔ながらのお店が減りましたが、戦前から現役で頑張る不二屋伊勢佐木町店が1937年(昭和12年)75年前のこの日、新築オープンしました。

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ペコちゃんの「不二家」は横浜元町が創業の地です。意外と知られていません。明治43年、藤井林宇衛門が元町2丁目86番地に洋菓子店を開業したのが始まりです。不二家の不二はOnly one「二つとない」という意味です。
その後、藤井林宇衛門はアメリカに洋菓子の視察のため渡航します。(勿論横浜港からでしょう?)彼はおおいに刺激を受け、大正11年に当時の横浜最大の繁華街伊勢佐木に新規開店します。(明治後期には、すでに東京の浅草・大阪の千日前に劣らない都市の盛り場として繁盛していました)
当時、不二家はショートケーキ、シュークリームなどを販売し、まさにハマのスイーツ黄金時代を築きます。
伊勢佐木町店開店の翌年、大正12年8月に銀座店を開店します。悲劇がすぐに訪れます。関東大震災です。元町本店、開店直後の銀座店、伊勢佐木町店は焼失しますがすぐに仮店舗で再開し、店舗再建に奮闘します。伊勢佐木町店は、新店舗完成までに15年の月日が流れました。
この伊勢佐木町店の店舗設計を担当したのが、チェコ出身のアメリカ人建築家「アントニン・レーモンド」(Antonin Raymond、1888〜1976) です。
レーモンドは東京帝国ホテルの建設のためフランク・ロイド・ライトの助手として来日しました。昭和の日本建築界にフランク・ロイド・ライト、ル・コルビジェとともに多大な影響を与えた建築家です。

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◆不二家伊勢佐木町店
◎設計:アントニン・レーモンド(Antonin Raymond)
◎施工:戸田組
◎竣工:1937年(昭和12年)2月
◎構造:鉄筋コンクリート造6階建て、地下1階
◎所在地:横浜市中区伊勢佐木町1-6-3
地下がビアホール、1階は洋菓子売店と喫茶室、2階に西洋料理、3階はなんと中華料理、4階大宴会場、5階は“スターサロン”という高級喫茶でキメました。1階ホールからの「らせん階段」の配置・壁面の飾りフレームのついた鏡、その両側の豪華なキャンドル型の照明などはみごとでしたが(現在は改装のため一部しか残っていません)。
レーモンドの横浜での作品は、
エリスマン邸

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ライジングサン石油会社ビル(記念碑と回転ドアが残っています)
旧ライジングサン石油会社社宅(現 フェリス女学院10号館)

戦災の被害も最小限で済みました。戦後、すぐに進駐軍に接収されます。(さすがお目が高い)接収解除後現在まで営業を続けています。何度か取り壊しの計画が浮かびながらも現役です。残念ながら歴史的建造物の認定はされておりません。(オーナーの事情と察します)

当時のショップコンセプトは「質と味が物云ふ店」不二家洋菓子舗だそうです。

No.167 6月15日 自然、単純、直裁、正直、経済的
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Posted 2012/02/10 by tadkawakita in category "記憶に残るスポット

About the Author

横浜の歴史にざくっと関心をもって15年です。本腰をいれて学び始めて5年となりますが、学べば学ぶほどに深くなっていきます。 Y2345というキーワードを作りました。1923年〜1945年までの横浜を軸に「横浜史」を乱学しています。 史実に出会ったら、できるだけ現在の地を訪れるよう努力しています。

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