月: 2013年2月

No.409 二国五郡物語 【資料編】

No.409 二国五郡物語

横浜の古代中世に昨日No.408で触れた流れで、今日はその後、 七世紀後半から八世紀にかけての横浜をざくっと紹介しましょう。 街歩きにちょこっと役立つ程度です。 現在の横浜市域は、古代国家の時代 二つの国(今の県みたいなもの) その下の五つの群に分かれていました。 (二つの国) 二つの国は 武藏国(…
No.408 古代横浜の七年戦争 歴史を変えた事件

No.408 古代横浜の七年戦争

ブログ再開に際し 時代をさかのぼり昔々の横浜に起った七年戦争を紹介しましょう。時は、534年(安閑天皇元年)ごろ当時横浜一帯は「笠原直 使主(かさはらのあたい おみ)」という豪族が支配していました。もう少し広い範囲で説明しましょう。武蔵国(むさしのくに)の話ですから、現在の埼玉全域・東京・川崎・横浜…
2月15日(金)【臨時休止】プラス充電中 未分類

2月15日(金)【臨時休止】プラス充電中

2012年から一日1テーマ形式で横浜のこと書いています。 書きたいテーマへの掘り下げ不足に対する自分自身の 不満もあり またさらに新たなテーマがどんどん出てきて 現在のデータの再編成が必要になりました。 また ハードディスクの増設に伴い 蓄積データの 若干ですが メンテをすることとします。 これまで…
No.407 YOKOHAMA電話番号の話 未分類

No.407 YOKOHAMA電話番号の話

(今日は暫定でごめんなさい)1枚の地図をごらんくだざい。昔は、電話番号で 凡その地域がわかった時代があります。東京ではNo.「3』がある業界ではひっぱりだこになったりしました。上記の地図の時代は昭和38年当時の(計画図)です。横浜もこの頃、人口増にともない電話局が整備されることでおおむね1区に1基地…
No.406 今無い風景に思いを寄せて 横浜界隈・境界

No.406 今無い風景に思いを寄せて

人間の記憶というのは不思議なもので ある日突然空き地になった場所に立ち 以前ここに何があったのか 思い出せないことが往々にしてあります。 ここはどこ? 今日は、何気なく撮った写真から 今無い風景を何点か紹介しましょう。 【1】汽車道からパナソニック この風景も記憶のある人が少なくなっていく部類に入り…
No.405 ブームにのって墓マイラー 【資料編】

No.405 ブームにのって墓マイラー

墓マイラーという嗜みをご存知だろうか? 歴女の次をいく密かなブームが有名人の墓を巡る 墓マイラー。決してだじゃれだけの世界ではありません。 今日はこの墓マイラーから一席! 横浜市内で一番「墓マイラー」が訪れるのは? 鶴見にある総持寺の石原裕次郎の墓です。 No.312 11月7日(水)裕次郎だけじゃ…
No.404 横浜、駅を巡るとりとめもない話 横浜の駅

No.404 横浜、駅を巡るとりとめもない話

ある方から「降り鉄」の名を頂戴しました。光栄です。 今日は、(今日も)横浜の駅を巡る“たわいのない”話しに終始したい! ので、鉄道(駅)に関心の無い方 ごめんなさい。 普通、テレビ番組でもなければ目的無く知らない駅に降立つことはありません。私は、横浜市内全駅に降立つ“目的で”駅歩きをかなり前から始め…
No.403 スポチャン 横浜に因んだ人たち

No.403 スポチャン

スポーツチャンバラというスポーツがあります。 ご存知でしたか?エアーソフトの剣とアクリル製の防具によって安全性を確保したチャンバラですが、スポーツとしてルール化され国際大会もある競技です。 今日はこのスポーツチャンバラ、略してスポチャンを紹介しましょう。 まずは映像からスポチャンをイメージしてくださ…
No.402 JIMAE TABI 【資料編】

No.402 JIMAE TABI

幕末から明治中期にかけて 日本が外国から技術や語学研修のために多くの “OYATOI”外国人が来日しました。 一方で、在留外交官・宣教師や商館の外国人も“自前”で日本国内を旅記録に残し、 一部は母国で出版され日本研究や、 日本紹介の役割を果たしました。 今日は、外国人の日本紀行の一部を紹介しましょう…
No.401 短くも美しく 横浜はじめて物語

No.401 短くも美しく

幕末から明治にかけて開港後の横浜の風景や風俗を描いた「横浜浮世絵」と呼ばれた版画(錦絵)がありました。 今日は、短くも見事な時代描写として歴史の一級資料となった「横浜絵」「ハマ絵」「横浜錦絵」とも呼ばれた「横濱浮世絵」を紹介します。   (変化を伝えるメディア) 初代イギリス公使オールコッ…