No.325 11月20日(火)秋の庭園美満喫はここ

今日は1964年(昭和39年)11月20日(金)に三渓園内の2代目松風閣が築造された日です。横浜で秋を満喫するには三渓園散策の今が最適のシーズンです。

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「三渓園」
少し長いですがHPから紹介文を引用します。
「三溪園は生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開されました。175,000m2に及ぶ園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されています。(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟)
東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、三溪の手により1902年(明治35)頃から造成が始められ、1914年(大正3)に外苑、1922年(大正11)に内苑が完成するに至りました。
三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場ともなり、前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれました。
その後、戦災により大きな被害をうけ、1953年(昭和28年)、原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至ります。」
この広大な園内最南端に海を見下ろす山荘風邸宅が明治20年代に建てられました。

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絵はがきに残る初代松風閣
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展望施設になっています。飲料の自販機もあります。

“松風閣”です。現在の”松風閣”は二代目で、当時とは全く異なる「展望施設」となっています。

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旧邸の跡のようです。

ここから眺める風景は、根岸湾に広がる工業地帯です。冬の季節には落葉した樹木の間からダイナミックなプラント施設、三浦半島、房総半島を展望することができます。

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展望

(初代松風閣)
初代松風閣は、園内の別荘のような小高い丘の一角に建てられました。
南側から見上げた松風閣は絶壁に建てられています。

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かつては眼下は海でした。現在は市民公園になっています。(南門から出られます)

明治44年、オーナー原三渓の依頼により画家下村観山は松風閣の中にはめる襖絵の大作を制作します。大正元年に完成し三渓はこの襖のある部屋を「観山の間」と命名しゲストルームとしても愛用しました。
大正5年6月19日インドの詩人タゴールが三渓園を訪問し9月2日(土)に日本を去るまでの二ヶ月半を松風閣で滞在したことは有名です。

No.171 6月19日(火)虚偽より真実へ、暗黒より光明へ 我を導け

No.280 10月6日 (土)天心と三渓


残念ながら第二次世界大戦中の爆撃で完全に消滅してしまします。
戦後、横浜市に譲渡・寄贈されたあと「展望施設」としてこの松風閣の名が復活します。
※松風閣と三重の塔は、急な上り階段ですのでご注意ください。

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南門側から登るのもおすすめです。

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遺構
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溶岩石を使った門跡?登った右が松風閣です

(2013年〜2014年の三渓園)
秋の風物詩、菊花展を開催中!
〜11月24日(日)
※1月1日〜3日
三溪園ですごすお正月〜横浜市指定有形文化財 鶴翔閣公開
三溪園の創設者 原三溪の旧宅・鶴翔閣の内部を公開します。期間中、箏曲の演奏や庖丁式などもあります。
(内容は、年により変わる事があります。)
[ 2014年 ]
1月1日 筝曲演奏
1月2日 庖丁式
1月3日 和妻
※1月中旬
盆栽展
マツ・カエデ・サツキ・ウメなどの盆栽約100鉢を展示します。鉢の上の小さな自然が楽しめます。

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tadkawakita
  • tadkawakita
  • 横浜の歴史にざくっと関心をもって15年です。本腰をいれて学び始めて5年となりますが、学べば学ぶほどに深くなっていきます。
    Y2345というキーワードを作りました。1923年〜1945年までの横浜を軸に「横浜史」を乱学しています。
    史実に出会ったら、できるだけ現在の地を訪れるよう努力しています。

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