月: 2012年8月

【番外編】生麦、旧東海道を歩く 番外編

【番外編】生麦、旧東海道を歩く

■準備編 散策日はできれば平日(月曜水曜を除く)の朝(午前10時くらいまで)出立がベストです。 理由は、散策ルートに「生麦魚河岸通り」「キリンビアビレッジ」があるからです。 「生麦魚河岸通り」は水曜日が定休のお店が多い。 店開きしている通りと閉まっている通りでは 全く別の表情です。 「キリンビアビレ…
No.234 8月21日(火)パーセプションギャップの悲劇 横浜に因んだ人たち

No.234 8月21日(火)パーセプションギャップの悲劇

日本の歴史の中で幕末ほど複雑な時代は無い!と言われます。 中でも“何でもあり!の文久”の頃は、年表を眺めるだけでも事件だらけ。 その代表格が文久二年八月二十一日(1862年9月14日)の今日起った「生麦事件」です。 詳しくはいろいろネットでも書籍でも判りますので、ここではざくっとまず事件の概要を紹介…
No.233 8月20日 (月)相鉄線ミニ物語(加筆版) 横浜の駅

No.233 8月20日 (月)相鉄線ミニ物語(加筆版)

駅にも誕生と廃止の歴史があり、それぞれにドラマがあります。 1934年(昭和9年)8月20日の今日開業し、 1957年(昭和32年)1月に廃業した「古河電線駅」から相鉄線の小さなエピソードを紹介します。 相模鉄道(本線)は、横浜駅と小田急線海老名を結ぶ 私鉄大手で最も短い営業距離を首都圏最大級の密度…
No.232 8月19日 (日)LZ-127号の特命 歴史を変えた事件

No.232 8月19日 (日)LZ-127号の特命

1929年(昭和4年)8月19日午後5時を少し回った頃、 飛行船ツェッペリン伯爵号(グラーフ・ツェッペリンLZ-127号)が 世界一周の途上、横浜市街を回遊し着陸地の霞ヶ浦に向かいました。 この横浜飛来は、ツェッペリン伯爵号が事前に提出していた帝都訪問飛行計画には含まれていない突然のルート変更でした…
No.231 8月18日 (土)give a twenty‐one gun salute. 横浜に因んだ人たち

No.231 8月18日 (土)give a twenty‐one gun salute.

汽帆走コルベット艦「エルツヘルツォーク・フリードリヒ(Erzherzog Friedrich)号」は 1875年(明治8年)8月18日の今日、横浜港内で祝砲21発を放ちます。 二日前にオーストリア・ハンガリー領事より神奈川県に「軍艦フリードリヒ号にて祝砲施行」の通知が届いていました。 ※礼砲21発は…
No.230 8月17日 (金)孫文上陸(加筆修正) 京浜急行

No.230 8月17日 (金)孫文上陸(加筆修正)

「中国革命の父」と呼ばれた孫文、 中国が清国から独立した辛亥革命は彼抜きで語れません。 革命直前まで清国に追われ、革命後は袁世凱と敵対しながら何度も亡命を繰り返しては中国本土の革命勢力を取りまとめようしました。 その重要な舞台となったのが日本です。 さらに横浜は孫文にとって忘れ得ぬ地となりました。 …
No.229 8月16日 (木)一六 小波 新杵 京浜急行

No.229 8月16日 (木)一六 小波 新杵

1888年(明治21年)8月16日の今日、 後に児童文学者となった巖谷小波が父巌谷一六に連れられて金沢富岡の初代内大臣「三条実美」の別邸”富岡海荘”に行きました。 その時父一六は54歳、小波は18歳でした。 富岡海荘の図 沖から見た富岡 巌谷小波の記録には訪問目的は記されていませんが、 この年、現在…
No.228 8月15日 (水) 夏休みはナイトのげやまへ 記憶に残るスポット

No.228 8月15日 (水) 夏休みはナイトのげやまへ

1972年(昭和47年)8月15日の今日 「野毛山遊園地」の名称を「野毛山動物園」に変更した日です。 最近「野毛山動物園」行きましたか? 横浜市立「野毛山動物園」は、入場無料の動物園です。   しかも、都市部の動物園としては、ライオン、アムールトラ、ジャガー(黒変種)、キリン、チンパンジー、レッサー…
No.227 8月14日(火)横浜橋通商店街名誉顧問誕生! 横浜に因んだ人たち

No.227 8月14日(火)横浜橋通商店街名誉顧問誕生!

街の商店街が衰退しています。元気がありません。 その中でも、紹介したい元気な商店街が幾つかあります。 その一つが横浜市南区に横浜橋通商店街です。 1936年(昭和11年)8月14日(金)に 現在の横浜橋通商店街名誉顧問「椎名 巌」さんが横浜橋通商店街近くの真金町で誕生しました。 まずは、横浜橋通商店…
No.226 8月13日(月)西波止場の2勝1敗 横浜はじめて物語

No.226 8月13日(月)西波止場の2勝1敗

2012年(平成24年)のロンドン五輪で日本の競泳陣、 最初は気をもみましたが10個以上のメダルを獲得し大活躍でした。 1898年(明治31年)8月13日(土)の今日、横浜西波止場の前にあった外国人水泳場で国際競泳大会が開催されました。 この「西波止場」少し混乱があります。ここでいう「西波止場」は下…