月: 2012年1月

No.31 1月31日 さよなら路線廃止に沢山のファン 横浜の駅

No.31 1月31日 さよなら路線廃止に沢山のファン

1月31日はこのテーマしかありません。路線廃止です。 平成16年(2004年)のこの日、71年の歴史に幕が降ろされました。 廃止決定に当たっては、様々な騒動も起きました。 高架線下の名物落書きも消えました。廃線後の線路道はまだ再利用されていません。 本日はこれにて終了、にしようと思いましたが、この日…
No.30 1921年1月30日 MATSUYA GINZAのDNA 明治の実業家達

No.30 1921年1月30日 MATSUYA GINZAのDNA

参考資料の一つ「横浜近代史総合年表」の中から、1921年(大正9年)のこの日、「鶴屋」が焼失した記事を発見しました。 明治大正期、 大都市に成長した横浜の発展は災害との戦いでもありました。 横浜最大の繁華街「伊勢佐木」の街も様々な火事、そして関東大震災、空襲を乗り越えてきました。 戦前の横浜年表から…
No.28 1月28日 高島嘉右衛門と福沢諭吉(加筆) 明治の実業家達

No.28 1月28日 高島嘉右衛門と福沢諭吉(加筆)

またまた嘉右衛門エピソードです。(20130127一部加筆) 1月27日は高島嘉右衛門の瓦斯会社をめぐる国際競争の話しをしました。 今日は彼が学校を作った話しです。 明治時代は全国に学校が多く生まれた時代です。 1871年(明治4年12月19日)の今日、高島嘉右衛門は伊勢山下と入舟町に私財3万円を投…
No.29 1月29日 福沢諭吉の横浜ワンデーマーチ 横浜に因んだ人たち

No.29 1月29日 福沢諭吉の横浜ワンデーマーチ

福沢諭吉は慶応義塾創立者で多くの言論活動を行った思想家ですが、ここでは家庭での福沢諭吉についてご紹介しましょう。 1888年(明治21年)の今日、 福沢諭吉(53歳)は、家族と約束していた横浜ワンデーマーチを、五人娘のうち三人と実行します。 福沢は筆まめでした。 確認されているだけでも2,600以上…
No.27 1月27日 ニッポン、国際コンペに勝つ 明治の実業家達

No.27 1月27日 ニッポン、国際コンペに勝つ

電信が東京横浜間に開通した翌日1871年(明治3年12月17日)の今日、 神奈川県から横浜市内でガス灯事業を展開する事業免許が「日本社中」に下りました。 ところが、この免許申請にいち早く手を挙げ決まりかけていたドイツ商社から抗議が出ます。県の認可はオカシイ。「日本社中」は後から申請したではないか!公…
No.26 1月26日 横浜東京間電信ビジネス開始 横浜の企業群

No.26 1月26日 横浜東京間電信ビジネス開始

今日1870年1月26日(明治2年12月25日)のこの日 横浜と東京間の商用電信網がビジネスを開始します。 電信創業の地の記念碑が現在の横浜地検前に建てられています。 18世紀に蒸気機関による動力(産業)革命が起きた世紀です。 19世紀は通信技術による情報革命の世紀となりました。モールスの電信の発明…
No.25 1月25日 馬車道の華 【資料編】

No.25 1月25日 馬車道の華

「横浜の酒場に 戻ったその日からあなたがさがして くれるの待つわ昔の名前で 出ています」 (「昔の名前で出ています」作詞星野哲郎、作曲叶弦大、編曲斉藤恒夫) 小林旭のヒット曲です。 資料を探していると、地名や施設名が時を経て変わることが往々にしてあります。 名称の変化は時代を特定するヒントになります…
No.24 1月24日 西へ新たなフロンティアへ 国際

No.24 1月24日 西へ新たなフロンティアへ

米国は 南北戦争(The Civil War, 1861年〜1865年)で中断した 50年代の「フロンティアプラン」を再燃させます。 西へ、西海岸の先に広がる太平洋をさらに西へ。 合衆国政府支援を受けた Pacific Mail SteamShip Co.太平洋郵船(以下PMSと略)船籍のColor…
No.23 1月23日 大正の正義 歴史を変えた人物

No.23 1月23日 大正の正義

国会は誰のためにあるのか? 大正に入り議会政治は徐々に成熟しつつあった。 神奈川一区(横浜)選出の島田三郎は、大正3年(1914年)のこの日 開かれた第31議会衆議院予算委員会で、一通のドイツ発外電電文を元に海軍をめぐる贈収賄事件を厳しく追及した。歴史に残る政財界を巻き込んだ一大疑獄事件シーメンス事…
No.22 1月22日 大谷嘉兵衛を追って(加筆) 明治の実業家達

No.22 1月22日 大谷嘉兵衛を追って(加筆)

2011年、仕事の合間に「横浜とお茶」をテーマに調べている時、大谷嘉兵衛という人物に出会いました。日本のお茶産業の振興に情熱を捧げた彼は、横浜村の鎮守のために「伊勢山皇大神宮」を野毛山に遷座し初代氏子総代の一人となります。 1931年(昭和6年)1月22日の今日、伊勢山皇大神宮境内の一角で大谷嘉兵衛…