10月 19

【絵葉書の風景】横濱山手英国病院

<ちょっと具合悪そう>
「横濱山手英国病院
 English Hospital Bluff Yokohama.」
撮影場所:横浜市中区山手
撮影時期:明治末期か?
横濱絵葉書コレクターの世界では人気の一枚らしい。
確認できる最古?クラスのブラフ積み擁壁とガス灯が写っているからだそうです。
偶然手に入れたものですが、この絵葉書の風景、拡大してみると人物が尋常じゃななそう。
まず絵解きをする前に
横濱山手英国病院(イギリス海軍病院)は、横浜山手居留地(ブラフ)161番に1868年頃完成しました。
横浜が開港しました!
外国人が来ました!って話なんですが、当時の状況はそんなに甘いもんやおまへん。
当時の二大強国<英・仏>は居留地の自国民を守るために、軍隊を常駐させます。現在のふらんす山と港のみえる丘公園あたりが英仏の駐屯地でした。
そこに、様々な自国民のための施設を建設します。これは戦後の進駐軍と似ています。
(ここは病院前)
一台の人力車、二人の和服の女性。
よく見ると、女性の一人は”具合悪そう”に見えませんか?
人力車の車夫も心配そうに二人を眺めています。
付き添いの女性は<傘>を持っています。
雨か雪でも降りそうな空模様、
背景の<桜花>から季節は春先でしょうか?
勝手に物語を想像すると
急に具合が悪くなった日本人女性が、「そうだ丘の上にエゲレス病院がある」というわけで付き添いを伴って人力車で駆けつけたところ
<断られた>
<利用するかどうか逡巡><重い病気を告げられた>
どれででも良いのですが この女性は確かに尋常ではなさそうです。
撮影者はこの女性と人力車を”意図”して絵にしたのか?
いろいろ想像力を掻き立てる風景です。
(ブラフ積み)
直方体の石材を縦横交互に並べ、端面が1つおきに出るように積む技法を、当時の山手近郊の<ブラフ(崖)>に因んで「ブラフ積み」と後から呼んだものです。
煉瓦積みの技法に「フランドル積み」または「フランス積み」と呼ばれるものがあります。この手法が「ブラフ積み」として擁壁に応用された限定的なもので貴重な近代遺産です。
少し長いですが
「横浜には数多くの歴史的建造物、遺構があることは周知の事実である。特に山手などは外国人居留地があった時代が色濃く残っている。「ブラフ積」という洋風石垣も、その中のひとつである。「ブラフ積」とは、1867年に第一回山手地所の競売によって外国人の住宅地として開放され、細かく入り込んだ斜面に宅地が造成された過程で生じた多くの崖の土留めのことを言う。千葉の房州石を棒状の直方体に加工し、長手面(横)と小口面(縦)を交互に並べたもので、従来の「野面積」とは異なる積み方は当時としては大変画期的であった。もともと「ブラフ(Bruff)」とは、海岸や谷間の「絶壁・断崖」を意味し、当時本牧や山手に多く見られた切り立った崖を「ブラフ」と呼んでいた(幕末、日本来航時に横浜周辺を測量したペリーは、本牧十二天《現在の本牧市民公園》のオレンジ色の崖をその色から『マンダリン・ブラフ』と呼んでいた)ことから、居留地によって生まれた洋風技術と言える。また、縦に積むことで、崖に深く入り込むようになっているため、耐震性にも優れ、関東大震災でほとんど崩壊せず現存している場所が多いことを考えてもそれが実証済みだと言えよう。(横浜経済新聞2007-10-03)」
「横濱山手英国病院」は1867年以降山手地区の洋館群が競って建設される中、1868年に完成したものです。
参考に、山手を下り元町にあった薬師堂の雁木と擁壁も紹介しておきましょう。
一枚の絵葉書、いろいろなところに注目すると面白いですね。
7月 21

【中締めに向けて】

横浜界隈通信も間もなく1000話一つの区切りが訪れます。
なかなか越えられません。残り六つ、肩の力を抜いて書き抜きます。 このブログの始まりは自身の<リハビリ>の一つとして先輩からブログを勧められたことに始まります。
チャレンジとしてはかなり無謀でしたが「一日一話形式」で暦に因んだ横浜のテーマを取りまとめてみることでした。このブログを始める前まで、横浜市に暮らしていながら、断片的な知識しか無く、現在はもちろん歴史に関しては地元の小学生より貧弱だったと思います。
まずは横浜に関するテーマを調べることから私の横浜像を少しづつ広げていくことにしました。マイルールは、可能な限りテーマに関した<現地>に足を運ぶことにしました。
No.1 1月1日(日) 奇跡の1998年(前半)
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=622
→スポーツ史 駅伝・国立競技場・横浜球場
No2 1月2日(月) ニュース芝居、最先端劇場で上演
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=621
→川上音二郎と横浜 野毛山
No3 1月3日(火) 大火事
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=620
→横浜の大火 
No4 1月4日(水) 昭和の歌姫
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=619
→美空ひばり 杉田
No5 1月5日(木) 漂泊の詩人 永井叔(一部加筆)
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=618
No.6 1月6日(金) 天然スケートリンク開場(修正、加筆)
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/?p=617
→大倉山天然スケート場開場 系統立てる事なく、ひたすら資料に登場する出来事やテーマを元に周辺資料を調べ、足を運ぶことを一年間(365話)続けました。
今読むと書き直したいものも多数ありますが、新資料や間違いの修正加筆にとどめています。
二年目に入り、取り上げたテーマから発見したテーマや、枝葉のように広がったテーマを追いかけながら、ジグゾーパズルのピースを埋め込むような作業が始まります。
600話位からでしょうか、ぼやーっと横浜という立体が象を結ぶようになってきました。
1001話以降は少し横断的な横浜象をあぶり出していきたいと思っています。
12月 5

No.698 【横浜 橋物語】幻の橋?、吉田橋。

「橋」の定義はなんだろう?
「人や物が、谷、川、海、窪地や道路、線路などの交通路上の交差物を乗り越えるための構造物である」
「河川・渓谷・運河などの上に架け渡し、道路・鉄道などを通す構築物。橋。」
「土木工学ハンドブック」では
「橋梁とは、道路、鉄道、水路等の輸送路において、輸送の障害となる河川、渓谷、湖沼、海峡あるいは他の道路、鉄道、水路等の上方にこれらを横断するために建設される構造物の総称である。」「市街地において効率的な土地利用の観点から、道路上あるいは河川上の空間に連続して建設される高架橋も橋梁の一形態である。」

今日は<橋>の話です。江戸から明治に<近世>から<近代>になった大きな変化の一つに橋梁の歴史があります。江戸幕府は橋梁設置に消極的でした。一方で近代に入り、橋梁は政府の重要政策となります。ちなみに大阪も東京も<橋都(きょうと)>です。城下町には橋がシンボルですね。
前置きが長くなりましたが、横浜も新田の町、運河の町として発達してきました。特に開港時からは<橋>が重要になってきます。
横浜開港場の<橋>といえば、
『吉田橋』です。ここは関門橋ですから、まさに横浜開港場の<関内><関外>を繋ぐ橋でした。このあたりに関しては、多くの歴史情報、観光情報がありますので<吉田>の名を含めて調べる楽しみがあると思います。実際に『吉田橋』脇に解説看板も記念碑もありますので参考にしてください。
light_2014-12-05 15.34.28

今日は 吉田橋の歴史的解説をするためにブログを書き始めた訳ではありません。
もう少しひねくれた 素朴な疑問です。
冒頭に橋ってなんだろう?と疑問を提示しました。
(川は濁って橋は濁らない?)思いっきり寄り道します。
ちなみに、行政的に<橋>は<はし>で<ばし>とは表記されていません。
light_みやこはしlight_2014-12-05 15.34.07川の表記は<おおおかがわ><つるみがわ><かたびらがわ> 何故なんでしょうね?
本論に行く前に横路にそれていますが どんどん行きます。
当たり前ですが橋には一つ一つ名前があります。それぞれ橋を渡る時 橋の名を確認することができます。(面倒でなければ)
橋=橋梁には 両脇に欄干=高欄(こうらん、hand rail)があります。この高欄の端々(四隅)に親柱というものを立てたり、プレートを設置したりします。
この高欄の四隅に着いている橋に関する<プレート>河川橋の場合、全て異なっています。
1橋梁名称の正式名称(漢字かな表記)
2橋梁名称のふりかな(ひらがな表記)
3設置河川名称
4設置年月
では?陸橋や架線橋の場合は?
→謎解きは ご自分の目で!確認してみましょう。(別の機会にじっくり紹介します)
はなしが捩れてきましたので元に戻します。
横浜が開港した際、治外法権の居留地(関内)と市街地(関外)を結ぶ橋が「吉田橋」です。
<派大岡川>の上に架けられ、その後ここを首都高速が通ることになりましたので、河川橋から架道橋に変身します。
【架道橋】道路や鉄道を立体交差で越えるために架けられた橋。跨道(こどう)橋・跨線橋など。
吉田橋、(首都高道)路の上を渡る<橋>であるはずなんですが、
「吉田橋」は橋じゃない?かもしれないという 疑問が湧いてきたのです。
いやー どうみても 橋でしょ!
でも、横浜市の橋梁リストに「吉田橋」がありません!!!!

スクリーンショット 2014-12-05 20.46.37

「吉田橋」を横から見たことありますか?

吉田橋下 改装前

light_2014-12-05 15.38.25       <改装後の 吉田橋 マリナード入口あたり>
構造は、マリナード地下街の入口通路の上に<屋根>のように吉田橋、通路の下に首都高速が通っています。地下街の下を通過する道路にイチイチ橋梁名は付いていないですし、ここは<暗渠>なの?
light_2014-12-05 15.29.44 light_2014-12-05 15.29.18この天井が吉田橋ですね。
リストには無いし、橋の下は広場?だし…
なぞは深まるばかり。
期待させといて つづく!

<吉田橋関連ブログ>(他にもいろいろありますが)
【絵葉書が語る横浜】 吉田橋脇

【絵葉書が語る横浜】吉田橋脇2

【しりとり横浜巡り】6月10日(火)吉田橋

Category: 未分類, 横浜の橋, 横浜の水辺, 記念碑 | No.698 【横浜 橋物語】幻の橋?、吉田橋。 はコメントを受け付けていません
4月 30

ただいま 微調整中。

約600の過去ブログをここに移行中なんですが、リンク等 微修正中でGWあけまでには新ブログを開始します。ネタはどんどんたまっていっているので、後は料理だけ。

先日、久しぶりに街歩きを楽しみました。
約3時間、心うきうき 何でかな?と思ったら スマホを自宅に置いてきたので 外部情報を遮断できたことかもしれません。

大江橋
大江橋

6月 19

お詫び

一昨日、カレンダーでは6月16日に
購入した 500G のハードディスクで
一杯になりつつある 前のHDD を抜本的に整理し
一部 ポータブルで持ち歩こうと画策したのですが、
ファイルを 移行して(ここでBKしておくべきだった)
最後に きれいになった 1Tの HDDにコピーしようと思っていたら
新品のHDDが 認識しなくなった!
どうやら 物理的故障ではなく 論理的故障というものらしい?
ここには このブログネタに関する ほとんどのデータが集約されている
というのに。
悔しいです。なんなんだこのポータブル HDDは。
修復に出すことにしました。
ということで 
「横浜のかわとみちの物語」はちょっと順延します。
代りに 違うネタを 昨日今日で仕入れましたので
明日から 始めます。
バックアップは 必須です。油断大敵です。

3月 10

No.420 3月10日(日)横浜三塔に思う

今日は、横浜三塔の日です。
ベイエリアでは様々なイベントが繰り広げられます。
2007年から、
毎年3月10日を三塔との語呂合わせで「横浜三塔の日」としました。

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2002年頃の三塔

(三塔は)
■横浜市開港記念会館「ジャックの塔」
竣 工 1917年(大正 6年)
塔の高さ – 36m

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■神奈川県庁本庁舎「キングの塔」
竣 工 1928年(昭和3年)
塔の高さ – 49m

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■横浜税関「クイーンの塔」
竣 工 1934年(昭和9年)
塔の高さ – 51m

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昭和初期横浜港から見える三つの塔は「キング」「クイーン」「ジャック」と呼ぶようになりました。入港の際、外国船船員は、この塔を見て航海の安全を感謝し
出港の時は、これからの航海の安全を願ったといいます。
その後、時間が現代になるまで、三塔は戦災を生き残り静かにそれぞれの役割を担ってきました。
一部の人が
「三塔が一望できる場所があるの知っている?」
と囁くようになり、三塔を一望できるスポットが注目を浴びました。
さらにこのスポットをすべてまわると願いがかなうということでイベントが始まります。
No.70 3月10日 310
2012年には

http://www.osanbashi.com/santou/index.html
2013年には
http://cgi.city.yokohama.lg.jp/common/event2/event_detail.html?id=38559
〜三塔を知ろう・語ろう・楽しもう!〜

(提案です)
以前、東京に四代暮らす友人から指摘を受けました。
「3月10日を江戸っ子は喜べない。」
この日は「東京大空襲の日」だからです。
5月29日には横浜も空襲が行われ、
「横浜大空襲」で横浜は焦土化します。
そしてさらに311は震災の日となりました。
これらの記憶に少し寄り添っていく310にシフトしてはどうでしょうか。

だから 三塔の日を無くすというのではなく
三塔が
「震災復興を見続けてきた歴史的建造物」と呼ばれているように
また今回も横浜市中区が掲げているように
絆を基本に
「三塔絆の日」
良いネーミングは思い当たりませんが、今後
新しい意味合いを抱合しながら今日のこの日を
楽しんでいくのはいかがでしょうか?

(国際都市 横浜の要)
この三塔にはそれぞれ歴史的役割を担ってきました。
■横浜税関「クイーンの塔」
三塔の中で最も海(港)に近く、日本の国際化の道先案内人として重要な役割を担ってきました。
■神奈川県庁本庁舎「キングの塔」
開港場「横浜」の行政を司り、居留地を舞台に国際都市の要となってきました。
■横浜市開港記念会館「ジャックの塔」
現存する塔の中では最も歴史があるものです。
関東大震災も経て現在に至ります。
この「横浜市開港記念会館」は、まさに横浜を舞台とした市民の言論の発信基地でした。
三塔は「国際都市 横浜の要」の役割を担ってきました。
しかも、焦土化した横浜大空襲にも生き残り、戦後横浜復興のシンボルともなったランドマークでした。
例えば
■横浜税関「クイーンの塔」には安寧を
■神奈川県庁本庁舎「キングの塔」には再生を
■横浜市開港記念会館「ジャックの塔」には希望
といった意味合いを重ね合わせていくことができると思います。

ここに横浜マリンタワー、横浜ランドマークタワーを加え
5塔物語へと拡大していくことも可能なのではないでしょうか?
横浜は復興 再生の街です。

(余談)
今年は 崎陽軒の「三塔弁当」がありません。残念です。

nn-E4-B8-89-E5-A1-94-E5-BC-81-E5-BD-930308
3月 5

方針変更のお知らせ。

2013横浜わが街シリーズ 方針変更のお知らせ。
今年に入ってからは2月までフリーテーマできましたが
Facebookで紹介がてら昨年の内容を再度確認していると
さらに修正・加筆の必要性があるものも多いので
2012年版をベースにしてさらに充実させていくことにしました。

スタイルは3月中に模索して4月には安定させたいと思います。
例えば今日3月5日
No.65 3月5日 サルビアホール一周年(修正版)

鶴見区民の花サルビア(平成3年11月15日制定)から付けられた区民文化センター「サルビアホール」が2011年の今日、オープンしました。
と紹介しています。

改めて市内文化施設というものを調べてみましたが
一時期、箱もの箱もの!と批判された割に増えていますね。
採算がとれているのか?調べていませんが
区民文化センター以外にも 横浜市内は
劇場・ホール・スタジオ系で言えば
ボス格の
■横浜みなとみらいホール
■横浜アリーナ
KAAT 神奈川芸術劇場

吉野町市民プラザ
岩間市民プラザ
関内ホール
横浜にぎわい座(地下ののげシャーレは多目的ホール)
横浜市教育会館
横浜市社会福祉センターホール
横浜市青少年育成センター
横浜人形の家
横浜市大倉山記念館
大さん橋ホール
新都市ホール
横浜情報文化センター
かながわアートホール
かながわ県民センターホール
かながわ労働プラザ
地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)
神奈川県民ホール
神奈川県立音楽堂
神奈川県立青少年センター
はまぎんホール ヴィアマーレ
(いちいちリンクは付けませんでした)
規模、特性も異なるので一概にいえませんが、
ありますね。

他に3月5日は
1854年(安政元)
吉田松陰、海外渡航を狙って保土ケ谷宿にくる
※新暦か旧暦か未確認ですが面白いネタ!ですね。

1937年(昭和12年)
商工奨励館増築工事竣工披露式を挙行する。


1950年(昭和25年)
フライヤージムで日米初の女子バスケットボール大会開催。
1972年(昭和47年)
旧米軍フライヤージム取り壊し


No.190 7月8日(月)パブリック・ディプロマシー

3月 2

【謹告】

諸事情によりこのブログ
2013年3月1日から14日にかけて
コマ切れでのアップとなります。
時折、【番外編】らしきものは
時間がゆるせば アップします。
3月14日からは
通常に戻します。
その間、じっくりテーマを練りますので
乞うご期待!!
私の好きな野毛から都橋近辺の
資料を 掲載しておきます。

2月 15

2月15日(金)【臨時休止】プラス充電中

2012年から一日1テーマ形式で横浜のこと書いています。
書きたいテーマへの掘り下げ不足に対する自分自身の
不満もあり またさらに新たなテーマがどんどん出てきて
現在のデータの再編成が必要になりました。
また

ハードディスクの増設に伴い 蓄積データの
若干ですが メンテをすることとします。

これまでの資料の整理し
2月18日(月)再開をお約束して三日間休止します。

※予備原稿を用意できなかった マネジメントミスでもあります。
昨日の「No.407 YOKOHAMA電話番号の話」も現在新版に更新中ですので併せて少々おまち下さい。
今夕
図書館と古書店にちょっと立ち寄って
がさっと ネタ資料集めてきました。あとは料理法が問題だけど。
17日は弘明寺を散策します。

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