【横浜マークハンティング】地べたを拾う (追加版)

現代は地下社会である!?

地下無くして都市は成り立たない。
地べたと地下をつなぐマンホール(英: manhole)
地下の下水道・暗渠・埋設された電気・通信ケーブルなどの管理をするために作業員が地上から出入りできるように地面にあけられた穴のことである。
ここでは 都市のマンホールには触れない。
地べたと地下をつなぐ横浜の「ふた」「蓋」のデザインを探してみました。
「ハンドホール」と呼ぶそうです。

(NTTの蓋デザイン)
この電話100年をデザインした「蓋」は横浜市内数カ所にしか残っておりません。(私の確認では二カ所)

No.26 1月26日 横浜東京間電信通信ビジネス開始

1890年(明治23年)12月16日
横浜と東京間にわが国で初めて電話交換業務が開始されました。


スタンダードな
マンホールの蓋はマンホールの蓋は

あえて目立つ「消火栓」導管の太さで区別?
追加しました!
「ふしこし」管用のマンホールです。意味は調べてください!?
洗浄栓
浚渫口です。
いろいろあります。
むかしながらの?市道用マンホール

全国都道府県市町で異なるので 当然マニアがいるんですが…
http://ja.wikipedia.org/wiki/マンホールの蓋
http://www.hotetu.net/manhole/manhole.html
上記のマニアックな集大成で
ほぼ横浜のマンホールもカバーされていると思っていたら??
そこは地元。横浜らしい 地べたの「蓋」を発見したのです。

(デザイン系追加)

オリジナルの素材を活かしたマンホールもあります。
上の煉瓦模様はかつて歩道の素材に合わせていたのが
マンホールだけ残ったものです。
極めつけ!!!

ロコサトシさんデザイン

(これは実のところマンホールではない????)

ここまで、一時間でコレクションしたもの。
今後じっくり探すと
出てきそうなので 追っかけテーマとしたい!!

こんな施工は止めてくださいね。剥がしてはまた戻すんですかね

 

Facebook Comments
tadkawakita
  • tadkawakita
  • 横浜の歴史にざくっと関心をもって15年です。本腰をいれて学び始めて5年となりますが、学べば学ぶほどに深くなっていきます。
    Y2345というキーワードを作りました。1923年〜1945年までの横浜を軸に「横浜史」を乱学しています。
    史実に出会ったら、できるだけ現在の地を訪れるよう努力しています。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください