1月 5

No.702 【横浜バスめぐり】バス停に見る街の記憶

地名からその土地の歴史を読み解くことができますが、バス停の名からもその土地の様子がうかがえることがあります。その時々の土地の記憶が「バス停」に残されたケースを追いかけてみましょう。
まずは市内には失われた(暗渠化した)川に架かっていた「橋」の名からいきましょう。
■名残橋
「阪東橋」「横浜橋」「千歳橋」
バス停橋 吉田新田の真ん中にあった水路「吉田川」に架かっていた橋の名残です。
関内外エリアは運河の街だった歴史から「橋」の名が残っているバス停が多い地域です。
「吉浜橋」「東橋」、旧桜川に架かった「雪見橋」「花咲橋」も川のない橋ですね。
神奈川区片倉に近いところには「六角橋」「日枝橋」というバス停があります。現在はまったく川の面影がありません。
この他 磯子16号線には
「芦名橋」「境橋」「聖天橋」といった<橋>の名が残っていますね。
「芦名橋」は橋梁の名残を残しています。

light_芦名橋13.16.52 light_芦名橋名残■数え歌「バス停」なんていうのもあります。
旭区今宿には「ニュータウン第一」〜「ニュータウン第七」まで繋がります。
瀬谷では「細谷戸第一」〜「細谷戸第五」と続きます。

■バス停名称いろいろ
→企業名
「高周波前」「松下通信」「明治製菓研究所」このほか多数ありますね!!

→ちょっと微笑む
港北区の「吉田新田」そして次のバス停が「神隠」
「新羽営業所庚申堀」も面白いですね。江戸時代の庚申塚と営業所の名が合体しているなんてユニークです。

→ダブり?
103系統の本牧車庫行きには同じバス停名が並んでいるんです。
「本牧市民公園前」→「本牧市民公園前」ですね。
light_ブログ二つのバス停09

■会社の事情?
同じ場所なのに営業会社でバス停名が異なるところもかなりあります。
先日足を運んだ市営36系統途中に「道路碑前」バス停は相鉄バスでは「道路碑」でしたこれをきっかけに調べてみたらあるは あるは
バス会社の事情なのか?逆に迷わないための<区別>なのか?
→「駅・駅前」の違いを明確に出しているのがなぜか「横浜線」沿線のバス停名です。
「十日市場駅(神奈中)」「十日市場駅前」
「中山駅(神奈中・東急)」「中山駅前」
「長津田駅(神奈中・東急)」「長津田駅前」
「小机駅(東急・相鉄)」「小机駅前」
「新横浜駅」「新横浜駅前(神奈中・市営)」
「泉谷寺前(東急・市営)」「泉谷寺入口(相鉄)」
「屏風浦駅」「屏風浦駅前(神奈中)」

→その他「前」「入口」の表記も多いバス停名の一つですが会社でバス停名が異なるのは珍しいですね。
「港北年金事務所前」「港北年金事務所入口(臨港)」
「鶴ヶ峰小前」「鶴小前(相鉄)」
「稲荷通」「稲荷り(神奈中)」
「山内中(東急)」「山内中前(小田急)」
「桐蔭学園(小田急)」「桐蔭学園前(東急)」
「ストアー前(京急)」「汐見台ストアー前」

【横浜風景巡り】一文字バス停

【横浜風景巡り】一文字バス停

No.467 なんでここにこんな?(戸塚編)

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No.449 横浜18区路線バスの旅

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No.442−2 Mitio君の愉しみ(2)

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バス停名を巡る話はまだまだありますが、今日はこんなところで失礼します。

Category: 横浜でバスツアー, 横浜でバス巡り, 横浜の橋 | No.702 【横浜バスめぐり】バス停に見る街の記憶 はコメントを受け付けていません
11月 14

No.695【横浜路線バスの旅】市民に最も利用されている路線は?

最近、路線バスに少しハマっています。
市内で最も広く・多くの市民に愛用、利用されている路線バスはどこだろう?と考えました。
私の直感的推理では<旭23系統>と考えています。
乗降者総数では他にナンバーワン路線があると思いますが“広く・多くの市民に愛用、利用”となるとこの<旭23系統>でしょう。
理由は至ってシンプルで「運転試験場」と「がんセンター」があるからです。
<旭23系統>=二俣川駅〜運転試験場〜二俣川駅の循環バスです。

神奈川県警察運転免許試験場、多くの利用者には「二俣」または「二俣川」で通じるでしょう。
light_運転試験場 light_運転試験場入口二俣川運転免許試験場、1963(昭和38)年10月に開設していらい半世紀50年が経っていることになります。
https://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mes83001.htm
統計からアバウト計算すると、神奈川県の年間免許交付数が約97,000人(平成24年度)ですから半世紀で人口変動や書き換え等の利用者も加味し約500万人位?
内横浜市民が人口比から200万人位の利用かな?
冒頭にも書きましたが
人数は別にして、市内全域から市民が利用するバス路線はここしか無い!
と思っているのですがどうでしょう。

「運転免許試験場」のある横浜市旭区中尾周辺は<旭区神奈川県>
と呼んでも良いくらい県有地と県関係の施設が集中しています。

行政用語でいう「広域利用圏をもつ公共施設」が多く立地しています。
このエリアの県有地は総面積で約26.7haもあるそうです。
●神奈川県立産業技術短期大学校
●神奈川県立二俣川看護福祉高等学校
●神奈川県立よこはま看護専門学校
●神奈川県立公文書館
●神奈川県国際研修センター
●県立保健福祉大学実践教育センター
●神奈川県立がんセンター
●がんセンターあゆみ園
●神奈川県ライトセンター
●県立がんセンター医療従事者公舎
●災害救助用備蓄物 資保管倉庫
●公益財団法人神奈川県少年少女育成指導協会
※日本ボーイスカウト神奈川連盟事務局
※公益社団法人ガールスカウト神奈川県連盟
※一般社団法人神奈川県子ども会連合会事務局
■県職員二俣川アパート

ざくっと探しただけですのでこの他にもあるかもしれませんが、行政機関集中地区です。ここへの利用者も加味すると、<旭23系統>は広範囲の利用率が高い路線バスといえるのではないでしょうか?
その割にといってはなんですが、バス利用が不便ですね。二俣川ライフ(駅ビル)の一階にバスターミナルがありますが、初めての方にはちょっと探しにくい場所ですね。
light_運命の分かれ道駅ビルの途中で この案内指示を見逃すと彷徨ってしまいます!!!!
light_二俣川かい札改札には大きく掲示されていますが?出て見ると 一瞬わからなくなります。

この「二俣川駅」
開業は神中鉄道時代の1926年(大正15年)5月12日と古く、交通の要衝でもあったため歴史的にも面白いエリアです。現在は相鉄いずみの線との分岐点です。

神奈川県施設集中の中で地味ですが気になっていたのが
「神奈川県ライトセンター(指定管理者:日本赤十字社)」です。
http://www.kanagawalc.org

light_神奈川県ライトセンターここでいう“ライト”が視覚障害福祉のための“ひかり”を表すものだったとは知りませんでした。
「ライトセンターは神奈川県内の視覚障害福祉の向上のために、日本赤十字社の基本理念である「人道」「公平」を掲げ視覚障害の皆様のために、視覚障害援助ボランティアの皆様のために、積極的に業務を行わせていただいています。」
「神奈川県ライトセンター」は県内の視覚障害者に対して、「点字・録音図書」などの情報提供や各種相談・指導を行っている施設です。
さらに視覚障害者へのボランティア活動を志す人達の育成・指導なども行ってるそうです。設立は1974年(昭和49年)4月、運営は日本赤十字社が指定管理者として行っています。この神奈川県ライトセンターの特徴の一つが“視覚障害者を対象とした点字図書館と体育館・プール等の利用施設機能を併設したセンター”で他県には例がないと言われています。
現在の建物は1993年(平成8年)10月に竣工し現在に至っています。
(バリアフリー商店街)
もう一つ「二俣川銀座商店街」は90年代に「地域と人にやさしい躍動感あふれる街づくり」をコンセプトに、高齢者や障害者にもやさしい街づくりを推進し別名”フラット通り”商店街としていち早くスタートしましたが、完全にバリアフリー化まで達していません。これは商店街の責任ではありませんが、せっかくパイオニアとして”フラット通り”商店街を推進したのですから、ライトセンターとコラボし もっとやさしい街づくりを推進して欲しいですね。
light_二俣01※バスはまだまだ 高齢者や障害者には厳しい乗り物です。
ベストは<低床車両>ですがこれに関しては抜本的計画が必要になってきますね。
(南口再開発)
二俣川駅というのは何気なく利用していますが、断崖絶壁中腹に線路があるって感じの駅です。
駅南口は改札を出て登り!
駅北口は改札を出て降り。
南側には「グリーングリーン」というショッピングビルがありましたが、2014年9月に閉店し、目下再開発が始まるところです。
light_二俣川南口light_201411140066新線計画も進んでいるところですので もう少し伸びるか?
注目しておきたい駅です。
路線バス<旭23系統>から少し離れましたが、追々市内路線バスも紹介していきます。

6月 11

【横浜風景巡り】一文字バス停

(追記版)
気がつかなければ“ただの風景”ですが、視点を変えれば新しい風景が見えてきます。

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201403101435220b7
横浜駅西口バス総合案内盤

最近、バスを意識して利用するようになりました。一日乗車券も大量に購入し?!何時でも思った時に使えるようにと財布にストック!
なんと(車内で買えるしICでも購入できるじゃない)

これまでなるべく自転車で市内は巡ろう!と決めて市内散策していましたが、バスの利用頻度が多くなりはじめると、バス路線そのものに関心が向いてしまいます。

今回は「一文字(ひともじ)バス停」一文字のバス停名にスポットを当ててみます。

「一文字(ひともじ)バス停」は意外と少なく、横浜市内でも数える程しかありません。
市営バスルートでは4つ、それ以外で3つ発見しました。
県内でもバスマップで探した範囲ですが 数カ所程度でした。
後半でちょっと紹介します。
※バスマップをひたすら探すという作業で探したので見逃し「一文字(ひともじ)バス停」があるかもしれません。ご了解ください。

(横浜市内の「一文字(ひともじ)バス停」)

都筑区 西(302系統)★
港南区 原(鎌倉街道 県道21号線)☆
磯子区 峰(10系統)★
    浜(横須賀街道16号線)★
緑区  境(中原街道 県道45号線)★
戸塚区 表(県道203号線)☆
青葉区 島(神奈中つ01系統)
※★降りたことのあるバス停 ☆通過したことのあるバス停

(実際降りたことのあるバス停ガイド)
(1)都筑区 西(302系統)
201403101434556ec-1市営バス302系統「西」バス停 正確には乗ったことがあるが降りたことはありません。たまたま、ニュータウンの調査の帰りにここからバスにのりました。写真撮ってあって良かった!
バス停付近は、港北ニュータウンの東端を走る第三京浜都筑インターチェンジ出口近くに位置します。
この「西」バス停のある302系統、開通当初は 近隣の工場や事業所関係の利用者中心でしたが、市営地下鉄グリーンライン開通で、役割が変化してきた路線です。
ブルーライン「仲町台」と「東山田」を結ぶシャトル便的な路線となり近隣住民のアクセス向上につながっています。
※「東山田」は「ひがしやまた」です。濁りません。
バス停横には神奈川県内に二つしか無いイスラム教のモスクがあります。
ジャーメ=マスジド=横浜(通称:横浜モスク)
〒224-0025 横浜市都筑区早淵 1-31-13
201403101434309f5※ここがなぜ「西」なのか?調べていません。港北ニュータウンを基準にすれば「東」ですが、近くに「西架道橋」があり、この西と関係があるかもしれません。

lig_P6090079
<野村港南台住宅>

(2)港南区 原(鎌倉街道 県道21号線)
何度か通過したことがあります。近くを歩いたこともあります。
「原」バス停付近は、鎌倉街道 県道21号線と環状3号線が交わるところにあります。JR根岸線延伸(昭和48年)に伴い開発されたエリアです。
バス停名は「原」ですが、環状3号線「原乃橋」が完成するまでは鎌倉街道の谷間の交差点でした。「原」の名は日野村の字名かもしれません。
環状3号線は現在、磯子区杉田五丁目〜戸塚区戸塚町日之出橋までの区間が開通していますが、全線完成にはまだまだ時間がかかりそうです。

(3)磯子区 峰(10系統)
その名の通り、峰(の中腹)にあるバス停。ここも何度か乗り降りしたことがあります。自転車でも通過しましたがかなり難所です。
20140310143458089-1根岸線磯子駅から小型タイプの10系統に乗り、「京急杉田駅」駅前から栗木を抜け円海山麓の“峰の郷”終点まで繋がっています。
「峰」は終点の一つ手前にあります。以前はこの「峰」が終点で「円海山」散策スタートポイントでしたが、2001年に特別養護老人ホームが開設するなど地域ニーズが高くなったため延伸しました。

「円海山」に近いバス停です。あまり歩きたくない!方はぜひご利用ください。
「峰」付近には「峰市民の森」他
20140310143500b80 絶景の「白山神社」、樹林・花の寺「阿弥陀寺」もあり春先・秋口はお勧めのスポットです。「峰せせらぎ遊歩道」がありますが、夏場はブッシュに気をつけてください。あまり手入れされていません。
※円海山は海抜153.3mで横浜で二番目に高い地点です。
第一位は近くにある「大平山尾根筋」(天園峠)で標高159.4mです。

(4)磯子区 浜(横須賀街道16号線)
「一文字(ひともじ)バス停」の中で一番頻繁に利用しています。
201403101434572ce-1県内「一文字(ひともじ)バス停」の中で最も繁華街?!でしょう。
“有名 人気商店街浜マーケット”前がバス停です。

【番外編】磯子区濱

(5)緑区  境(中原街道 県道45号線)
20140310143432809
古代から続く道「中原街道」の旧新治村と旧都岡村の境にある尾根筋にあります。

ここからの眺望はなかなかです。近くには南北に広がる自然豊かな公園が点在しています。
nakayamasakai lig_P7170061-1No.450 【横浜かわとみちの物語】プロローグ

(6)戸塚区 表(県道203号線)

通過したことがあるだけで、詳細はわかりませんが面白いバス停名です。
「表(おもて)」と読みます。近隣の交差点名・ビル名にもなっていますので古い地名と思われます。
今度近所でリサーチしてみます。

(バス停考)
バスの停留所、位置・名前に関してはいろいろエピソードを拾うことが出来ます。
2015年はバス巡り年になりそうです。エピソードが集まり次第 紹介していきます。
【バス旅】横浜18区路線バスの旅(日曜版)

No.449 横浜18区路線バスの旅

さらなるチャレンジを計画中です。

県内で「一文字(ひともじ)」バス停をざくっと探してみました。
●川崎市 「平」
→生田緑地入口

●横須賀市 「林」☆
→自衛隊武山駐屯地角
hayashi

●厚木市 「泉」☆
→厚木から半原方面へ

●秦野市 「関」☆「北」☆
→第61回全国植樹祭会場「県立秦野戸川公園」に参加した時に通りました。
戸川公園
「峠」

●足柄上郡大井町 「柳」
峠柳

●足柄上郡山北町 「岸」☆
light_2014-11-27 10.36.41●足柄上郡山北町 「宿」☆

●藤沢市 「城」☆
lightP4020001間違いではありません。「城」は「たて」と読みます。バス停の読みは時々 驚かされます。

●鎌倉市 「台」
→大船駅からすぐです。地名「台」をそのまま使っていますが、一般的には「台町」というような“町”をつけるケースが多いようですがここでは「台」一文字です。

●足柄上郡松田町 「寄」(やどりき)★
→釣り・キャンプのスポットです。一字で「やどりぎ」と読みます。
横浜では「鉄」→(くろがね)という地名があります。
※★降りたことのあるバス停 ☆通過したことのあるバス停

公共交通としての路線バスの歴史は長く、私たちの都市生活に欠かせない移動ツールです。きめ細かなネットワーク網を活かした新しいモビリティの可能性は十分にあると思います。路線バスは根底から価値観の転換で、面白くなると思うのですが。
(2016年4月 追記)

11月 20

【横浜小さな駅】田園都市線 市が尾駅

田園都市線沿線の小さな駅「市が尾駅」周辺を紹介しましょう。

「市が尾駅」は
1966年(昭和41年)4月1日に田園都市線が長津田まで延伸した際に開設されます。
田園都市線の駅間距離が1km前後中心ですが、
隣接駅「江田」へは1.3km、「藤が丘」へは1.5kmと平均より長くしかも起伏のある傾斜地に作られた「駅舎」です。
昔、マーケティングの師匠の教え
「鉄道、国道は川と同じ。地域をつなぐが分断もする。橋が無ければ万里の長城、文化も変える」
「市ケ尾駅」に降り立つとこの言葉を思い出します。
田園都市線はほぼ「国道246号線」に沿って走っていますが、都内の地下路線を除いて「江田駅」とともに246号線に最も近い駅です。

鉄道=田園都市線、国道=246号線が
このエリアを南北に走り、
しかも西側を「一級河川鶴見川」が北から南に流れ“地域を分ける要素”が揃っています。
これは決して悪い意味ではなく、横浜市内の田園都市線沿線としては昔の香りと新興住宅地の香りが併存している独特の街に感じます。

旧道、そして河川敷の佇まい。
起伏のある丘陵地帯と、そこに広がる新興住宅地。
典型的な「郊外の街」とも少し違う街の佇まいがあります。

鶴見川に沿って散策していくと鉄(くろがね)町、さらに上流には寺家のふるさと村もあり、横浜の“原風景”を巡る最適なルートです。

「市が尾」は不思議な町です。
青葉区内の田園都市線各駅「青葉台」や「あざみ野」「たまプラーザ」と比較して小さな町ですが、
青葉区の行政上の中心地域としての顔があります。
○横浜市青葉区総合庁舎
 市内18区の中でも、青葉区役所は解りにくい(行きにくい)ベストスリーに入るかもしれません。
 ○横浜市青葉福祉保健センター
 ○横浜市青葉スポーツセンター
 ○横浜市青葉公会堂
 ○横浜市消防局 青葉消防署
 ○青葉郵便局
 ○神奈川県警察 青葉警察署
 ○横浜地方法務局 青葉出張所
 ○神奈川県 緑県税事務所
 ○緑税務署
と行政の施設が集中しています。
また1998年(平成10年)3月に
東名高速道路 横浜青葉インターチェンジが開通したことで、交通の要衝になります。

(古代史の街)
市ケ尾他鶴見側流域には、古代遺跡が数多く発見され、残されています。
市が尾駅からほど近いところにある「稲荷前古墳群」は珍しい中規模古墳で、当時の生活圏の大きさ(統治者の規模)を測ることができます。15〜17号墳の3基が保存されていて中でも16号墳は全国的にも珍しい方墳と方墳が線で結ばれたような形をしています。
http://kofun.info/kofun/213

また「市ヶ尾横穴古墳群」は、有力な農民の墓として6世紀後半から7世紀後半の古墳時代末期に造られたと考えられています。派手な「古墳群」ではありませんが、このエリアを歩いているとひと際良くわかる“こんもりとした丘”が「古墳群」として残されています。一部は開放されていて無理をすれば横穴に入ることもできます。(子供であれば難なく)
中にはガラス窓から横穴を覗くこともできます。
http://kofun.info/kofun/573

(ついでに)
駅から1分のところにある「市が尾第三公園」のオブジェ

「市が尾ベーカリー」
地元で信頼のあるパン屋さんだそうです。
“人気の”という枕ではなく“信頼の”というところがミソですね。
ご夫婦二人で、切り盛りされています。
→駅から徒歩7分位


「田園の憂鬱」
No.472 横浜と法政大学、その点と線

ここでも書きましたが、佐藤春夫が一時期暮らしていました。
「田園の憂鬱」の舞台となりました。

「とんかつ とん平」
なかなか丁寧な仕事ぶりで、
地元に愛されている感じが伺えるお店です。
→駅から徒歩5分位

※「市が尾駅」特に「わざわざ」行くところではありませんが、
 時にぶらっと立ち寄ってみたいところです。

10月 17

【横浜雑景】グランモール公園

みなとみらいの中心部を南北に貫く都市公園グランモールが
整備されて四半世紀の時間が流れたそうです。
今日は、思い出の写真を含めて

少々古いMMマップですが   。

グランモール雑景をランダムに並べてみました。
ランドマークプラザとクイーンズスクエアの中間部分にあたるヨーヨー広場から閉鎖された(る)GENTO YOKOHAMA手前まで、
約700mあります。

フィルムを探していたら発見。美術館前から山手方向。先に何もありません。
みなとみらい建設開始!の時期ですかね

かつて ジャックモールというショッピングモールがありました。

みなとみらい創世記の記録も含めて 懐かしいものも入っています。

ジャックモール
ヨーヨー広場から北方面へ
盆栽?
最後に
グランモール公園再整備に向けて、
市民の皆様のご意見を募集します
平成25年10月24日(木)までですって!
9月 20

No.467 なんでここにこんな?(戸塚編)

東海道(国道一号線)下り路線、戸塚から原宿交差点に向かう途中、
左手のマンションの脇に「記念碑」らしきものがあります。
昔からマイカー、バス(の方が良く見える!)で気になっていました。
先日 気がついてから三十数年目に確認してきました。

ちょうどこの記念碑のあるあたりは 東海道戸塚宿を過ぎた馬の背になっています。

事前に「Google」でこのあたりを確認してみようとしたら
ストリートビューで ちょうど 見えない!なんで追い越し車線から撮影するかなー。

ストリートビュー手前だと見えます。
近づくと車がじゃま!

やっぱり実地検分しか無い!
戸塚駅から藤沢駅行きのバスに乗って、
「西横浜国際総合病院前」で下車します。

戸塚方面バス停

ありました、ありました。
「お軽・勘平の碑」でした。しっかり囲みもあり、丁寧に作られていることがわかります。

「碑石の由緒」には昭和四十六年七月とありました。
文学博士 松本亀松氏による由緒が記されています。
「伝統芸能研究者。1901年10月27日〜1985年4月。東京生まれ。東京高等工業学校中退。日大教授。1960年「狂言六儀の研究」で日大文学博士。72年定年退任。演劇学会理事。」
碑が建立されてから半世紀近くなりますがメンテナンスも行き届いています。
「お軽・勘平」って?
歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」四段目、塩谷(えんや)判官の家臣早野勘平と腰元お軽が、お軽の所への道行の途中で
「鎌倉を出てやうやうと、ここは戸塚の山中、石高(いしだか)道で足は痛みはせぬかや」と勘平が優しくお軽に問うところに因んでいるらしい。
鎌倉から落ち行くお軽・勘平のふたりが桜と菜の花が咲き乱れる戸塚山中で見せる美しく華やかな所作事なんですが、なぜここなのかが明記されていません。
ここは「桜と菜の花が咲き乱れる戸塚山中」なんですかね。
昭和50年代の地図には「日本石油」のガソリンスタンドがありました。
現在はマンション(?→未確認)が建っていますが、ガソリンスタンドがあった頃からこの記念碑はありましたから、スタンド脇に記念碑が設置されたことになります。
さらに疑問なのが「東京急行電鉄」が記念碑の賛助社と記されている点です。

「お軽・勘平」は、創作です。
【仮名手本忠臣蔵】の『道行旅路の花聟』(みちゆき たびじの はなむこ)は本来のストーリーではなく、後から追加されたものです。
幕末以降、二段目や三段目などに挿入されてきましたが、最近では「判官切腹」の場と五段目「山崎街道」の場」の間に挿入されています。

語り出しが「落人と、見るかや野辺に若草の」と始まるので、通称『落人』(おちうど)といわれています。
http://www.youtube.com/watch?v=L2_26wsZ4_A
内容は「おかる」と「勘平」が駆け落ちを決意し、おかるの故郷山城国の山崎へと目指す途中、そのあとを追いかけてきた「鷺坂伴内」が二人にからむ場面です。色彩豊かな所作事で、軽やかな清元を聞きながら華やかな気分が人気定番となりました。
舞台は「一面の菜の花の春景色、遠くに富士が見える」見事なシーンが拡がります。
歌舞伎舞台では、舞台装置は“どうみても”平地ですね。

周辺に観光資源、無いことはないのですが 孤立感ヒシヒシ。何か関連で活かす方法ないでしょうかね。戸塚宿尾根歩きコースですか  ね。

7月 26

No.458 相摸のもののふは杉田を目指す?

今日は 横浜市磯子区南部に位置する“杉田”エリアを紹介します。
現在の杉田エリアは、京浜急行「杉田」駅とJR根岸線「新杉田」を結ぶ「ぷらむろーど」を中心に商店街が拡がっています。歴史ある時代で表情が変化した
時をさかのぼれば 広大な歴史の舞台「杉田」が浮かびあがってきます。
調べれば調べる程、面白い杉田です。

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杉田妙法寺の蓮(今が見頃です)

(東西南北)
■東は海。
 かつては船で杉田観光に!
■西は笹下川(ささげがわ 大岡川の支流)流域
 鎌倉武士の城があった“金沢道”周辺は面白い!

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■南は金沢区富岡に隣接する起伏のある丘陵地
 梅で有名な杉田の梅林は富岡との境あたりに群生?
■北は中原(屏風ヶ浦)あたり
 現在の「杉田エリア」明治期、久良岐郡屏風ヶ浦村の一部でした。
 杉田の名は 江戸時代から梅の名所で有名でした。

(意外な?因縁)
杉田(すぎた)といえば?昔を良く知る人は「梅」と答えます。
商店街も「ぷらむろーど」ショッピングビル名も「プララ」と名付けられています。
「梅林小学校」「杉田梅林トンネル公園」といった名称もあります。
かつて広大な「梅林」が杉田にはありました。
「梅林小学校」絶景ポイントでもあります。

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梅林小学校近くの眺望
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この杉田梅林を創り上げたのがこの地の領主「間宮信繁」という人物です。
天正年間頃16世紀後半の時代です。杉田という土地柄は、起伏が多いため稲作に向いた田畑に恵まれませんでした。漁業が中心の貧しい寒村でしたが
この地を治めた間宮信繁が地域の産業として梅の植林を奨めます。小田原の曾我梅林に習ったといわれています。
梅を地域産業として鎌倉時代から梅を育ててきた曽我に習い、「杉田梅」は小田原から移植したのではなく、逆に今 磯子で失われた「杉田梅」が小田原に残っている状況です。

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曾我梅林2013
BBP3060159
曾我梅林と冨士

数十年後には見事な梅林が育ち、年ごとに梅林が拡がっていきました。
最盛期には三万六千本にも達したそうです。
江戸初期は梅の実が農民を助け、
江戸後期から明治期には「梅の花の名所」として観光地となります。
多くの文人墨客もこの「杉田梅林」を愛でます。
「我等が郷土神奈川県下には由来天恵的に名勝或は史蹟の地として指を屈するの 地洵に多く,従って之れ等各勝地に遊杖せる古今の俳人墨客の数も相当多く,又 それらの人々に依って残された吟詠も決して少なくありません。今茲に編する杉 田金澤両地の内,杉田は往古より杉田梅林として其名高く例へば吟江の 吉野の みか梅の杉田もこれはこれはの句の如く,又「杉田の梅林に遊びて」と題書せる 抱一上人の これはこれはこゝをや梅の吉野山の句の如き,ともに花の吉野と梅 の杉田を対立させてゐるあたり全く梅花の名所として立派に立証し得る事が出来 うると存じます。又金澤は金澤八景として天下に其の名高く,其の昔兼好法師は 此の地の佳景を愛して住み,画聖巨勢金岡は此の地の妙景に絶倒して筆を松に擲 つたと云ふ事であります。又心越禅師は勝景西湖に似たる故を以て,八勝の詩を 賦し,尭恵法師は神異絶妙と,唱へて居ります程の勝れた地区であります。」
(飯田九一「杉田金澤古今俳句集」)

吉野のみか梅の杉田もこれはこれは 夏目吟江
「間宮信繁」の菩提寺杉田妙法寺には
 この地を訪れた俳人の句碑が残されています。
 門をくぐると直ぐに句碑に出会います。
さびしさは星をのこせるしぐれかな  飛鳥田 麗無公

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「また寒き 月のひかりや 梅の花」     松竹庵 梅月

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「簾越し居るこゝろして梅のもと」  内野 月朶(げつだ)

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■牛頭山妙法寺(ぎゅうとうさん みょうほうじ)
1352年(文和元年)創建。2月〜3月上旬には、名木「照水梅(しだれうめ)」をはじめ多くの梅の木が咲きほこります。

(スパイも医者も登場)
杉田に梅林を奨励した間宮?
この名から連想する教科書に出てくる人物といえば
間宮林蔵という“冒険家=隠密”でしょうか?
彼は杉田の間宮氏と遠縁にあたります。

「間宮 林蔵(まみや りんぞう、安永9年(1780年)〜天保15年2月26日(1844年4月13日))は江戸時代後期の隠密、探検家である。近藤重蔵、平山行蔵と共に「文政の三蔵」と呼ばれる。名は倫宗(ともむね)。農民出身であり、幕府隠密をつとめた役人であった。」(Wikipedia)
常陸国筑波郡上平柳村出身で、先祖は後北条氏に仕えた宇多源氏佐々木氏の流れを持つ間宮家の一族で武士から帰農した人物です。
杉田村で間宮から杉田姓を名のった一族の親戚にあたります。

間宮氏の一部は杉田に暮らし
「杉田姓」を名乗った一族がいました。
間宮一族は 近江佐々木氏にルーツがあり遠くは近江の出身です。
鎌倉時代、相摸のもののふの一族として歴史に登場します。
北条氏に仕え、笹下エリアに山城と陣屋を建て 杉田・笹下・田中他 一帯を治めます。
その後 北条氏滅亡で間宮氏は
杉田間宮氏、氷取沢間宮氏、三ツ沢、鶴見、房総下総、三浦、川崎、静岡 等に分かれて居を移していきます。
一方、初期に杉田村に生まれた遠縁の間宮長安という人物が
間宮姓から杉田に氏を変え暮らします。
この杉田氏の子孫が福井若狭藩(酒井家)の藩医となり幕末期江戸で活躍します。
ここに登場したのが

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一度は歴史教科書で聞いたことのある「杉田玄白」です。
杉田玄白(1733年〜1817年)
間宮林蔵(1780年〜1844年)
少し前後しますが 
二人はほぼ同時代を生きた人物で共に杉田に縁のある人物です。

(杉田のヘソ)
江戸時代まで、杉田・屏風ヶ浦のヘソは笹下にありました。明治初期には現在の「横浜刑務所」あたりに久良岐郡役場と村役場がありました。
その後、堀割川流域の発展に伴い市電の開通などもあり磯子・屏風ヶ浦・杉田地域は海岸線が発展していきます。
 市電の終着「杉田駅」ができることで、海岸線に近い杉田は大きく発展していきます。その後に、湘南電気鉄道(後の京浜急行)「杉田駅」が開通します。
湘南電気鉄道の当初の計画では
「屏風ヶ浦駅」が最初に開設する予定でしたが、地元の猛反対に遭い「杉田」が先に開設されます。(よくある歴史の皮肉ですね)

ここで
少しヘソが変わります。
市電「杉田駅」から「聖天橋駅」周辺に繁華街の中心が移り、市電廃止でバス中心となると「京急杉田」を軸に街が拡大していきます。

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上大岡からの旧道に沿って開通した“湘南電気鉄道”は昭和初期、日の出町で京浜電気鉄道とつながり、一気に首都圏の重要な動脈となっていきます。
一方、戦後になり念願の桜木町から先に伸びる「根岸線」が開通すると
第一段階で「磯子駅」が開設し駅前が変わります。
その後「大船駅」全通に伴い「新杉田駅」が開設され、「杉田駅・新杉田駅」界隈には独特の賑わいが生まれます。
平成に入り、
シーサイドラインの開通等で、杉田のヘソは少し「新杉田」寄りにシフトしましたが、まだまだ京急杉田周辺のデープさは残っています。

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※余談
 京急杉田駅横には「お稲荷さん」があります。

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 この杉田駅稲荷?(というのか不明ですが)には
 秘話が隠されているのをご存知ですか?
 この秘話は 別のところで紹介することにしましょう。
今日はちょっと長くなりました。おつきあいありがとうございます。

No.42 2月11日 観梅シーズン到来

6月 16

No.450 【横浜かわとみちの物語】プロローグ

人は道でつながり
道は人をいざなう
彼方と此処をつなぐ「みち」には
道、路、径、途 と幾つか表現がありそれぞれに味わいがあります。

横浜の「みち」を歩いてみました。
「みち」の無い街はありません。
暮らしにつながる無数の「みち」の中でも
名称がついている道も多くあります。
ざくっと 横浜の“歴史みち”を図式化してみました。

江戸時代に整備された東海道を軸に
多くの道が枝葉のように分かれています。
上記図の他にも「馬車道」「水道道」「鎌倉街道」「根岸疎開道路」「ガス山通」「海軍道路」「〜せせらぎ緑道」「三十六米道路」「浜銀通」「音楽通」…
数多くの愛称のある道が点在しています。


(歴史道を簡単に紹介しましょう)
■現在国道246号線となっている
矢倉沢往還(やぐらざわおうかん)は、
古代の「足柄道」を江戸時代に東海道の脇街道(バイパス?)として整備した街道です。
別称 大山街道です。(複数ありますので注意)
江戸時代に始まった“観光”=講ルートでもありました。
残念ながら古道の面影は殆どありません。

■中原街道(なかはらかいどう)は
江戸虎ノ門(現在の東京都港区虎ノ門)から平塚中原(現在の神奈川県平塚市御殿)をつなぐ脇街道です。
中原の名は、終着点の神奈川県平塚市御殿の地名に残る徳川将軍家別荘「中原御殿」からきています。

■東海道(とうかいどう)
江戸時代の主要陸上交通路として整備された五街道の一つです。
日光街道・奥州街道 ・中山道・甲州街道 
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)は
浮世絵や和歌・俳句の題材に用いられ“観光街道”でもありました。
産業街道としては“中山道”が主要道として活用されました。

■八王子道(はちおうじどう)
神奈川宿から延びる「絹の道」の一つです。
現在の国道16号線が最も重なる道筋です。

■神奈川道(かながわみち)
長津田から恩田川沿いを通り、
東海道神奈川宿に向かう道を「神奈川道」と呼びました。
古くは“鎌倉街道”の一つとして、開港後は“絹の道”として栄えました。
※神奈川道も一つではなく幾つか「神奈川道」があったようです。
 泉区にも大和市の上和田から“鎌倉上の道”に合流する年貢を運んだ道を
 「神奈川道」と呼びました。

■金沢道(かなざわみち)
程ヶ谷宿(現 保土ケ谷)から金沢の六浦陣屋まで上大岡、能見堂跡、金沢文庫と続く道です。
平安時代から使われた「道」で、鎌倉時代に整備されました。

■相州道(そうしゅうみち)
程ヶ谷宿(現 保土ケ谷)から、桜ヶ丘の尾根筋を通り
二俣川を経て厚木の方へ通じる道です。
※相州道は神奈川宿から

■稲毛道(いなげみち)
神奈川宿から鶴見川の大綱橋で渡るまで、東急東横線と並走し溝の口で矢倉沢往還につながります。
歴史街道歩きルートとしては、横浜市内で最も“魅惑的”な道の一つです。

■横浜道(よこはまみち)
幕末横浜開港にともない、
東海道と横浜港を結ぶために現在の横浜市西区浅間下から中区吉田町間に造られた街道です。開港前はかなり不便なエリアだった「横浜村」と「東海道芝生村」を三ヶ月の突貫工事で開通させたかなり強引な“道”です。
開港前日にやっと開通したという逸話が残っています。
現在は全く当時を偲ぶ面影はありませんが、明治期に築かれた石積みの壁が残っています。
かなりドラマチックな「道」であったと想像できます。
次回以降、横浜の「みち」
そして横浜の「かわ」について
小さな物語を紹介していきます。

6月 9

【バス旅】横浜18区路線バスの旅(日曜版)

横浜18区路線バスの旅第二弾!【北回り編】<追記版>
「路線バスを使い横浜18区を走り抜ける」日曜版(休日ダイヤ)
さらに短縮コースも探しました。

18区路線バス踏破日曜版
緑ラインが今回の修正ルート

(前回)No.449 横浜18区路線バスの旅
前回は平日実験的にチャレンジしました。

今回は、さらに距離と時間を短縮しました。
また「休日ダイヤ」でチャレンジしてみました。

このチャレンジは
一般的な バス遊びとしてはハードすぎますが、
バスを気軽に使って市内ツアーをする際の課題が明確になったツアーでした。
(課題点)
バスは現状“地元の人が良く判っていること”を前提にしています。
同名のバス停が離れて設置されていることもあり
<バス停探し>に苦労しました。
全く初めて【それぞれの】地域路線バスを利用する人にとって
バスは まだまだハードルが高いかも知れません。

■料金設定
[区間均一]と[距離別]
市内の多くが210円均一(前乗り前払い中降り)
■乗車方法
[前乗り前払い]と[中乗り前払い]
●バス停が判りにくい場所が かなりありました。
特に<交差点>でのバス停は 位置が探しにくい。
→これに関しては バス亭設置の限界もありますが
乗りにくい、戸惑いました。
同じ名前のバス停が路線毎に別な場所に設置されているケースがまだ残っています。

●それぞれの駅前のバスロータリーにあるバス乗り場案内板のデザイン(フォーム)
キャッチサインに工夫が欲しい
→案内板に【バスインフォ】の統一サインかなにかできませんかね!

●時々 車内(バス停案内)放送にポカがあった!!
実際運行と案内放送がズレたケースが数回、
窓外を確認していないと降り損ねる可能性がありました。

事前にスマホ等で時刻表をダウンロードしておくと便利ですが、
市営バスは 停留所にバス時刻表をダウンロードできるQRコードが付いています。これで、休憩のタイミング等を図れたので行動がぐっと気楽になりました。

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横浜18区路線バスの旅(日曜版)記録

以下のデータは2015年(平成27年)9月30日時点です。

【北回り】
■①横浜駅西口6:56発38系統 鶴見駅西口行き
通過区[西区][神奈川区][鶴見区]
内路(うつろ)7:22着
■②内路(うつろ)7:36発41系統 川向町折返場行き
通過区[港北区][都筑区]
東方町8:02着
■③東方町8:18発41系統 中山駅北口行き
通過区[緑区]
中山駅北口8:41着(トイレ)
■④中山駅北口8:53発90系統 青葉台駅行き
通過区[青葉区]
青葉台営業所前9:02着
■⑤青葉台営業所前9:10発65系統 若葉台中央行き
通過区[旭区]
若葉台近隣公園前9:25着
■⑥若葉台近隣公園前9:32発相鉄バス三ツ境駅
通過区[瀬谷区]
三ツ境駅北口9:50着
■⑦三ツ境駅10:00発戸17系統 戸塚駅東口行き
通過区[泉区][戸塚区]
戸塚駅東口10:45頃着
■⑧戸塚駅東口11:07発江ノ電バス 見晴橋行き
通過区[栄区]
見晴橋11:25着
(徒歩400m)
■⑨小菅ケ谷橋11:31発神奈中138系統港南台駅前行き
通過区[港南区]
横浜女子短期大学前11:45着
(昼食)

■⑩横浜女子短期大学前12:19発45系統洋光台駅前行き
通過区 [磯子区]
南公園前 12:28着
■⑪南公園前 12:44発107系統さわの里小学校行き
通過区[磯子区]
随縁寺前12:52着
(徒歩200m)
■⑫京急富岡住宅西口13:20発京急富岡駅行き
通過区[金沢区]
京急富岡駅13:33着
(徒歩)駅またぎ
■⑬富岡13:44発京急4系統磯子行き
通過区[金沢区][磯子区]
磯子車庫前13:58着
■⑭磯子車庫前14:05発市営113系統桜木町駅前行き
通過区[磯子区]
滝頭14:18着
■⑮滝頭14:38発市営68系統横浜駅西口行き
通過区[中区][南区]
浅間下15:08着
■⑯浅間下15:14発市営87系統横浜駅西口行き
通過区[保土ケ谷区]
横浜駅西口15:41着
全行程 1,950円(市営一日乗車券使用)
    16路線 9時間 昼食時間約35分
ポイント:保土ケ谷区をどのタイミングで通過するか?
三沢上町交差点は[保土ケ谷区]
今回、日曜ダイヤの関係で最終ルートに組み込みました。

その後大きくダイヤ改正が行われていますので、再挑戦してみます。
さらには【南回り】ルートにも。南回りはザクッと時刻表を見た感じ、かなり苦戦しそうです。ではまた。

6月 4

No.449 横浜18区路線バスの旅

【チャレンジ18区】
路線バスを使い 横浜18区を走り抜ける

横浜全区バス路線踏破マップ
横浜全区バス路線踏破マップ
踏破マップ

【ルール】
①移動には必ず路線バスを使うこと。
②一筆書きであること。(同じ路線は使用しない)
③300m程度の徒歩移動は可(駅の反対側への移動等)
④最短を目指すこと。

(スタート)
桜木町駅[中区]8系統 6:33発
横浜駅改札口前[西区]

BBP6030004

横浜駅西口 59系統 6:50発
[神奈川区][鶴見区※注①][港北区]
※注①
 一瞬鶴見区を通過するルートを選びました。
 この一瞬通過ルートはこのゲームのポイントに
 なりますが、下調べ不足でした。

この59系統は、綱島街道尾根ルート系です。
浦島から菊名まで分水嶺を走ります。

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港北区総合庁舎前 7:25着 7:26発

BBP6030012

[都筑区]
途中 工業地帯「新羽」エリアを通るルートなので
8時出社系の企業が多く、めちゃ混みでした。
外国人も多かったです。

BBP6030027

東方町 7:52着
実はこの後に7:31発
中山駅北口行がありましたが
時刻表確認時間が無かったので乗り継ぎに
[緑区]
中山駅北口  7:57着 トイレ

BBP6030042
中山駅

中山駅北口 90系統 8:08発
☆注意 横浜市営バス「一日乗車券」は横浜市営のみ使えます。
 90系統の場合、東急と共同運行ですので東急バスでは使えません。
[青葉]
青葉台営業所前 8:17着 若葉台方面はとにかくバス運行本数多数

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BBP6030048
BBP6030051

[旭区]
若葉台中央 8:40頃着 23系統 65系統 55系統
  ※作戦タイム

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若葉台中央 神奈中116系統 8:57発
三ツ境駅北口 9:25着

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BBP6030090
BBP6030096


[瀬谷区]
 トイレ探しに時間を食う!
 しかたないので軽食を食う!!
三ツ境駅 戸17系統 10:15発
[戸塚区][泉区]
戸塚駅東口 10:55頃着 11:08発

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江ノ電バス 大船行 11:25頃
 乗車方法が異なります
[栄区]
笠間十字路 11:30頃 神奈中バス15系統

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本郷車庫前 11:45頃着
 昼食と周辺散策

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本郷車庫前 12:36発 12:40頃着
長倉町にて
 以前から気になっていた
 かながわの橋百選の一つ
 横浜最古の橋「昇龍橋」へ!
 散策プロムナードに整備されていた!?ようですが
 かなり 荒れています。

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展望台は崩壊
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 「昇龍橋」美しい!期待を裏切ってません。
 良い形の石橋ですね。

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 「昇龍橋」はバス停一つ手前の「八軒谷戸」にあります。
 ただ「八軒谷戸」からですと いたち川に降りるのが難しいので
 「長倉町」からワイルドに川辺を歩いていくのが
 発見の感動が一入!!!!
 長倉町の近くに昔良く行った「上郷森の家」があるので
 立ち寄りたかった!!が
 本日は スルーしました。
[金沢区]
金沢八景駅前に 13:30頃着

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 金沢八景でピンポイントで行っておきたいところ?

 瀬戸橋と、「明治憲法起草の地」あたり再確認に決定

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No.124 5月3日 料亭にて超機密書類盗まれる
姫小島水門

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金沢八景をぶらり散策して
「州崎」から京急バス4系統に乗ります。
ここからは
 18区を踏破するための小技を使います。
(無理矢理バス路線)
[磯子区]
磯子車庫前下車
 ここから「港南区」を通過するには
 「打越」か「上大岡」へ向かうしかありません。
どちらも本数がほとんどありません。
 今後の課題です。
 1時間に1本の上大岡着
[港南区]
(小休止)
上大岡駅から弘明寺まで神奈中 港61系統

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弘明寺でデュークによりあんぱんを七種類購入

[南区]
 港61系統は横浜駅東口行なのでこれで一気に帰りたい!
どうしても「保土ケ谷区」を経由するには、保土ケ谷駅東口経由がベストなので
弘明寺から横浜市営9系統で
[保土ケ谷区]
 「保土ケ谷駅東口」

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BBP6030344
ふらんすやまの保土ケ谷支店もあります

ここで106系統に乗換えて
 「桜木町駅」にて終了です。

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最後はかなり乱暴ルートになってしまいました。
逆コースだとどうなるか?いずれチャレンジします。
土日ですとダイヤが変わりますからまた違った組み立てになるでしょう。

(振返りと課題)
要領を心得ると 結構楽しいバス巡りです。
市営の「一日乗車券」600円はフルに使いました。
これでかなりコストダウンに繋がりました。
神奈中は無理としても相鉄バスの「一日乗車券」は作って欲しい!!!
「東急バス1日乗車券」は500円で販売しています。
今回は使っていませんが、使い方によっては
 かなりメリットがあります。

☆今回の18区踏破のポイントは
 金沢区と保土ケ谷区をどう走るか?でした。
 もう少し工夫路線があると思います。

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(精算)
横浜市営「一日乗車券」600円
神奈中バス 他1400円
合計 2,000円
15回。11路線 約11時間の旅でした。

続編もあります。
【バス旅】横浜18区路線バスの旅(日曜版)

【バス旅】横浜18区路線バスの旅(日曜版)