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暦で語る今日の横浜【9月15日】

横浜の年表から
 今日起った出来事をピックアップしました。

●1873年(明治6年)の今日
「新橋・横浜間で貨物列車の運転が開始された」
日本初の鉄道開通は
1872年(明治5年)横浜・現在の桜木町〜新橋間が開通。

●1879年(明治12年)の今日
第1回製茶共進会が開催される。
No.259 9月15日(土)全国お茶の品評会開催
●1890年(明治23年)の今日
横浜にはじめて電灯が点火された(横浜共同電灯会社の試験送電)日です。
会社前と市中契約者の家屋内のみだけ点灯したそうです。
※ガス灯が横浜にともされたのは
1872年9月29日(明治5年8月27日)日曜日のことで大江橋より馬車道、本町通りにかけてで日本における初めてのガス灯点灯でした。
当初は、ガス灯の方が明るかったようです。電気がガスに代るにはこの後数年かかります。

●1890年(明治23年)の今日
「午前十一時、土耳其国軍艦ヱルドグロール号本国へ向け長浦を出帆す、(長浦に滞艦せしは七月十九日、虎列刺病死者一名あり、翌二十日同患者あり、消毒離隔の為め同二十一日該所に回航せしなり、同艦帰国の途次、九月十六日、紀州大島近海に於て暴風雨に遭遇し沈没し、乗組員六百名中六十九名は辛くも大島の人民に救助せられしも、使節ヲスマンパシヤ以下、五百余名は海底の藻屑と消ゆ、此凶報神戸に達するや、兵庫県庁は四方に飛報し、同港碇泊の独乙軍艦某号、我八重山艦等大島に向ひ、生存者を乗せて、神戸港に上陸せしめ、負傷者を治療し、十月十一日、軍艦比叡・金剛の二艦を以て彼国へ送還せられたり)」
ヱルドグロール号はエルトゲロル号、エルトグルル号と表記する場合も。
詳しくは下記を
No.159 6月7日(木) 強い日土友好の原点
●1919年(大正8年)の今日
高島町に公設浴場開場。
なんの傍証も資料もありませんが
「公設浴場」ちょっと調べてみました?
1879年(明治12年)東京で全国最初の「湯屋取締規則」が制定されます。
これが公衆浴場規定の始まりのようです。
背景には、コレラの流行を抑えるための「伝染病を予防する衛生的行動」を啓蒙するためという時代ニーズもあったようです。
※因みに日本で最初に公設浴場が設けられたのは大阪市です。
東京市を含め関東に公設浴場が本格的に普及するのが関東大震災後のことです。
官設民営が原則だったようですが、実業家の社会貢献の一つとして公設浴場開設のため寄付なども行われていたようです。
「増田嘉兵衛」氏が県立公設浴場開設のため寄付(『横浜市史 第5巻(下)』 p.27)といった記事もありました。

●1930年(昭和5年)の今日
吉田町に都南ビルが竣工した
No.352 12月17日(月)市民の財布を守った都南
※加筆修正しました。

●1961年(昭和36年)の今日
市内遊覧バスの見学コースに「横浜マリンタワー」を加え出発時間を変更。
●1971年(昭和46年)の今日
市内遊覧バスコース変更(本牧市民公園を加える他)と出発時刻を通年午後0時とする。

●1964年(昭和39年)の今日
大桟橋旅具検査場,東京オリンピックのため改装,国際船客ターミナル完成
「大桟橋旅具検査場」とは何?
税関では現在も「旅具通関部門」と言いますが、何時も意識せず通過していますがいわゆる「手荷物検査」ですね。
東京オリンピック2020年が決まりましたが、1964年のオリンピックに間に合わせるために“ドタバタ”していた様子がわかります。
大桟橋に「国際船客ターミナル」が完成した日です。
http://www.osanbashi.com
1964年(昭和39年)開催の東京オリンピックに合わせて大改修が行われ、国際船客ターミナルとしての高機能化が図られました。
1階部分に
 税関・出入国管理・検疫施設を構え、
2階部分に
 渡航旅客や歓送迎者用待合所や土産物店向け設備が整えられました。
 自走式渡船橋により接岸船舶の高度差や位置に関わらずターミナルからの乗下船が容易になるなど当時としては最高位の機能を備えていたそうです。
2002年には現在の「大さん橋」が完成し、「くじらのせなか」室内部分を「くじらのおなか」と呼んでいます。

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