横浜の出来事を年表からピックアップしました。
●1878年(明治11年)の今日
居留地、西波止場沖でボートレースが開催されました。
西波止場沖は かつてグランドホテル他 多くのホテルや
フランス(租界)人居留地があり、外国人のイベントが数多く
開催されました。
1886年(明治19年)にも西波止場沖でヨットレース開催されて
いる記事が出ています。恐らく頻繁に行われていたのでしょう。
No.226 8月13日(月)西波止場の2勝1敗
●1903年(明治36年)の今日
合名会社明治屋設立(代表社員米井源治郎)。
1885年(明治18年)創業者磯野計が横浜万代町で船舶納入業を開始します。これが明治屋の創業にあたります。そして法人化(合名会社)し、二代目社長に米井源治郎が就き、明治屋中興の祖となります。
1911年(明治44年)4月22日株式会社に改組します。
この日に因んで
No.113 4月22日 甘辛両党おまかせ!
●1966年(昭和41年)の今日
野毛山公園遊園地、金のかかる遊戯施設を廃し、子供の遊び場や草木中心の公園としてリニューアル開園します。
●2005年(平成17年)の今日
引退を表明していたハマの大魔神こと佐々木主浩の引退セレモニーが本拠地である横浜スタジアム で行われました。
選手交代で佐々木主浩が告げられると、今日も勝ちを確信しました。
No.300 10月26日(金) 優勝、日本一
No.95 4月4日 横浜DeNAベイスターズの本拠地「ハマスタ」開幕
ベイスターズ優勝は多くの幸運と勢いが重なり実現しました。
1998年(平成10年)9月19日には、
横浜ベイスターズの優勝を祈願する目的で、
横浜駅東口の地下街・ポルタに「ハマの大魔神社」が設置されました。
祀られたのは「ハマの大魔神」で、多くのファンが訪れました。
この神社は佐々木主浩選手が最も得意としたフォークボールの握りをかたどったご神体が祭られ優勝決定後もしばらくは設置され、1999年(平成11年)の1月17日に撤去されました。この間、約1,660万円のお賽銭が集まり、全額横浜市社会福祉協議会 に寄付されたそうです。
佐々木主浩選手は1989年(平成元年)ドラフト1位で横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ )に入団します。
1998年(平成10年)に優勝した後、オフにFA宣言。
メジャーリーグのシアトル・マリナーズ に移籍します。
アメリカンリーグ新人王に輝き
メジャーリーグでも抑え投手として活躍します。
2001年と2002年の2年連続MLBオールスターゲーム登板という快挙を成し遂げ、好成績を収めますが、2003年に故障者リスト入りして以来不振に陥ります。
シーズン終了後、もう1年間残っていたマリナーズとの契約を破棄して退団し、日本に帰国しベイスターズに復帰します。
2004年度、前半は好調な成績を残しますが
8月に入り3試合連続して救援に失敗し2軍落ちとなります。
8月7日に現役引退を表明し、
10月8日(対ヤクルト戦)に行われる予定だった引退試合には佐々木自身が辞退し、セレモニーのみが行われ挨拶で「生涯野球人であることを誓います」と語りました。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=iFdL9twD0ww
http://www.youtube.com/watch?v=xC4zFFy7tBI